事件を見にゆく / 狭山事件
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狭山事件

概 説

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  • 1963年5月1日に埼玉県狭山市で発生した女子高校生NSさん(16歳、川越高校入間川分校)殺害.
  • 脅迫状の筆跡や証拠の万年筆が最初の捜索では発見されずに3回目の捜索で高さ176cmの鴨居の上から発見されたことなど様々な状況が限りなく冤罪の可能性が高い.
  • 特に、万年筆については高さ176cmの鴨居の上にのせられていたものを本当に2度の捜索で発見できず3回目にしてようやく発見したのだとしたら、それは当時の捜査当局が如何に無能であったのかを如実に現わすものであり、かくも無能な捜査当局が石川青年を犯人としたことの信憑性こそを疑うべきであったのではないか.
  • 善枝地蔵がUK宅をむいて建てられていた.

現場写真など

  • 脅迫状が入っていた封筒の宛名は、<少時様中田江さく>になっていた。「少時」は「しょうじ」と読むとして、苗字だとすると、「庄司」や「東海林」が一般的で、名前だとすると、「正二」「昇治」などとなるのだが、誰のことなのか分かっていない。
    http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/sayama.htm
  • これは墓にいった探偵団(失礼)の話では、先祖に「しょうじ」と読む人がいるらしいね。この脅迫状を書いた人は、先代からつきあっていた人だ。偽装はいまは考えない。大切な脅迫状、金が取れなくなるのに誤字脱字、それで力尽きている。

狭山事件確定判決(1974.10/31.東京高等裁判所)

  • 1977年8月9日 最高裁判所(第2小法廷)、口頭弁論もおこなわずに上告棄却の決定.

狭山事件関係年表

  • 1963年
    • 5月1日午後3時30分ごろ この日16才の誕生日を迎えた狭山市内の女子高校生Yさんが、「今日は誕生日だから」などと友人らに言い残し、いつもよりも早く自転車で下校。しかし午後6時過ぎになっても帰宅せず行方不明に。この日の天候は、午後2時ごろから小雨が降ったりやんだり、午後4時20分ごろからは本降りに。
    • 同日午後6時50分ごろ 雨の中午後6時を過ぎてもYさんが帰宅しないのを心配し、 Yさんの兄Kさんが自動車でYさんを探しに行く。 しかしYさんをみつけることはできず午後7時30分ごろ帰宅。
    • 同日午後7時40分ごろ 兄のKさん帰宅して10分ほど後、Yさんの自宅玄関扉に白い封筒に入った「脅迫状」が差し込まれて いるのを、家族が発見。中にはYさんの学生書が同封されていた。「脅迫状」には「警察に話したら子どもを殺す」との記述があったが、家族はただちに警察に通報。Kさんが自動車に乗って駐在所に行こうと納屋に行ってみると、自動車の脇にYさんの 自転車がいつも置かれていた場所に返されているのが発見される。電灯をつけて確認してみると、雨に濡れた自転車のサドルの部分が濡れていなかった。
    • 同日7時55分ごろ 駐在所に通報。駐在所から狭山署に連絡。ただちに緊急捜査体制が取られる。
    • 5月2日午後10時ごろ 地元狭山署と県警本部からの応援部隊あわせて40人ほどが「脅迫状」で「身代金受け渡し場所」と指定された「佐野屋」周辺に張り込み。
    • 同日深夜0時 脅迫状で指定された時間通りに犯人あらわれる。しかし逃走、警察これを取り逃がす。
    • 5月3日 周辺の山狩り捜査開始。Yさんのものと思われる自転車の荷台の"ゴムひも"が発見さえる。
    • 5月4日 後に殺害現場とされた雑木林近くの農道からYさんの死体が発見される。同日夜Yさんの自宅で司法解剖。死因は扼殺(やくさつ・手で首を絞めて殺すこと)。胃の内容物の消化具合から、死亡時刻は最後にとった食事から最短3時間程度と見られる。 その他、被害者の体内にはB型の精液があったこと、また、後頭部に長さ1.3cmの生前に受けた裂傷があり、そこから体外に牛乳瓶にして2本分程度の血液が流失したものと 推定された。(以上は裁判に提出された検察側「五十嵐検死報告書」、注―死因の分析にあやまりがあった)
    • 同日、警察庁の柏村長官が捜査失敗の責任をとって辞任。
    • 5月6日 被害者宅の関係者で警察の事情聴取を受けていた男性が、新築中の新居で自殺(一連の謎の自殺の最初のケース)。捜査が混乱。
    • 5月11日 "スコップ"が麦畑から発見される。警察は「死体埋没に使用されたもので、I養豚場のもの」と発表。(Iさんへの確認は5月20日)
    • 同日、2人目の自殺者(以降、被害者の姉弟を含む計5人の自殺者を出す)。
    • 5月23日 石川一雄さん(当時24歳)が別件で逮捕される。石川さん宅第1回家宅捜索(2時間17分、刑事12人)。
    • 6月17日 石川さんを保釈直後に(狭山署内で)再逮捕。ただちに川越署分室に移送される。
    • 6月18日 第2回家宅捜索(2時間8分、刑事14人)
    • 6月20日 石川さん、このころから自白をはじめる(3人共犯自白)
    • 6月23日 石川さん単独犯行自白。
    • 6月26日 第3回家宅捜索(24分、刑事3人)第1回、第2回の家宅捜査で発見されなかった"被害者の万年筆"が台所の鴨居(カモイ)から発見。

判決抜粋

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  • 被害者が処女であったかどうかについても、五十嵐証人が当審公判廷で供述しているように現段階においてはこれを確認することはできない。
  • 被告人は自ら員及び検調書中で、身分証明書そう入の手帳一冊を強取した際、にわかに劣情を催し、後ろ手に縛った手拭を解いて同女を松の木から外した後、再び右手拭で後ろ手に縛り直し、次いで数米離れた四本の杉の中の北端にある直径約四十糎の杉の立木の根元付近まで歩かせ、同所であお向けに転倒させて押さえ付け、ズロースを引き下げて同女の上に乗りかかり姦淫しょうとしたところ、同女が救いを求めて大声を出したため、右手親指と人差し指の間で同女の喉頭部を押さえ付けたが、なおも大声で騒ぎ立てようとしたので、右手に一層力を込めて同女の喉頭部を強圧しながら姦淫を遂げた、姦淫を遂げた後に被害者が死亡したことに気付いた旨の供述をしているのである。

この事件の特異性

  • 被害者自転車を本家に届けている。
  • 被害者遺体を発見されやすい農道に埋設。(反対説可:畑は耕すからかえって発見早い、発見された茶葉は臭い消し)
  • 被害者遺体に恐怖・畏敬の念を払っている。(反対説:石を逃げ込み下履きを下までおろし辱めている)
  • その後、変死者があいついだ。(部落から犯人を出そうと決定していた警察、彼らを甘く見たのだろ。被疑者死亡、捜査本部解散の最も得意な手−−この事件は国民がみんな納得した−−娘の交際相手が死んでいるじゃないか−−をどうして今回もつかほなかったか。それはね、犯人取り逃がしで警察庁長官の首が取られたからメンツ優先、真犯人なんかどうでもよくなっていた。)

結 論

  • この事件は、犯人取り逃がしの翌日、足跡の臭いを追って犬が止まった時点で部落問題が浮上。稿は進めにくい。この中から犯人を出すのなら、出さない方がよい。現在でも警察は決して中の捜査を進めることはできない。最近でも、こういった事件があったが、少しでも踏み込むとどこそかの法務局が誰から連絡されたらしく警告メールが来る。全国の彼らの仲間が集結する。知らないでそこを取材した記者はその後痴呆になった。背後がない書き手はノイローゼになり自殺する。筆者は背後はないが、力を誇示する者をおそれたことはない。江戸時代から差別は始まり・・・・殿様と同じ程度の生活をしていたのだが、行列の風景が明らかに違っていた。今日でも相当の力があるものと思われる。いややめよう。たとえば、犯人が彼らでなく彼らを逮捕してしまった場合・・・もし君が彼らの中で自分たちの仲間に犯人がいればすぐにわかる。いないなら部外者のその犯人を始末する・・・はずだ。彼らが日本警察の捜査に協力することはない。それだけの根気と執着心が彼らにはある。この事件に変死者がその後多い・・・ことの説明をしたつもりだ。 彼らの秘密警察が機能している・・・そして、我が国の刑法では物理的に手を下すことが殺人で痴呆やノイローゼにして自殺させることは殺人ではない・・・彼らを尊重し彼らの司法を見届けるしかない。

  • 2005/02/13 14:00-15:30 スクープスペシャル 狭山事件 テレ朝日
  • 06/05/05 Backup使用


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