北朝鮮 拉致拉致 / 横田めぐみ
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20171117
よど号関係 / ホン・レンイン / 横田めぐみ / 加瀬テル子 / 河合美智愛 / 関谷俊子 / 金賢姫 / 金淑姫 / 金正雲 / 金正恩 / 金正男 / 金正日 / 金日成 / 古川了子 / 国井えり子 / 佐々木悦子 / 山本美保 / 松本京子 / 森山幸子 / 辛光洙 / 生島孝子 / 石川千佳子 / 曽我ひとみ / 脱北美女の面々 / 中村三奈子 / 辻出紀子 / 田口八重子 / 渡辺秀子 / 藤田進 / 藤本健二 / 年表 / 平島筆子 / 有本恵子

横田めぐみ

拉致者+
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横田めぐみYokotaMegumiRachi153431964/10/0453新潟R
 

○氏 名: 横田めぐみ
○生年月日: 1964年10月5日生
○年 齢: 53歳
○拉致時の住所:新潟県新潟市
○拉致当時の身分: 新潟市立寄居中学校1年生(13歳)

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拉致経緯

  • 拉致:昭和52(1977)年11月15日 新潟市
    昭和52(1977)年11月15日夕刻、新潟市の中学校から帰宅する途中で拉致された。この事件は平成8年10月号『現代コリア』に朝日放送の石高健次氏が寄稿した論文で言及されていた「中学校一年生の少女拉致」が端緒となり、同年末その少女が横田めぐみさんであることが判明、翌平成9(1997)年1月23日西村真悟衆議院議員(現自由)が政府に質問書を提出、さらに2月3日には予算委員会で質問し、橋本総理も調査中であると答弁した。

  • 拉致現場 -
  • 新潟市立寄居中学校 -
  • 横田自宅 - 不正確注意.訪問時更地になっていた.1つ奥かも
  • 日本銀行新潟支店 - 横田滋さん勤務先
  • 来て見ればさほどでもない「新潟の一等地」、近くの護国神社には土俵、地方巡業なんかで多くの地回り893がなじみを気取って出入りしたところだ。おまけに無頼派坂口安吾の碑まである。「ふるさとは語るカナル」とか彫られ北朝鮮の方を向いていた。横田道直進、海岸はナンパと夜の花火と暴走族・・・近年、道路・海岸、整備されたそうだが暴走族が走りやすくなっただけ。近くに殺菌薬品でアジを皆殺しにしたマヌケ水族館、昔は同類をひきつける悪の摩天楼であったことだろう。坂を下りて古町(地図、左に引く)、正義感・トチの浄化班を気取り徒党を組んで武装、夜の出張族・着飾って一瞬の夢を求めてくる労働者・農民、それに客引を必死に追い出していたら自分らのメシのタネ、昼のデパート・商店もついでにつぶしてしまったそうだ。少し間が抜け、大きく転がり落ちている町であった。

北朝鮮が呈示した個別情報

  1. 朝鮮名:リュ・ミョンスク 別名:リュ・オクヒ 2005/03/29
  2. 1964年10月5日生、当時13歳
  3. 本籍:東京都品川区
  4. 住所:新潟県新潟市 当時中学生
  5. 入国経緯:1977年11月15日、新潟市内で工作員が学校から帰宅途中の本人に会った。工作員は身辺の露出の危険性を感じ、露出を防ぐために同女を拉致した。特殊機関は、所属に関係なく軍事化されており、命令を実行した者は責任を問わないことになっているが、本件の実行犯は命令なく恣意的に行動した者であり、職務停止処分を受けている。
  6. 入国後の生活:1977年11月から1986年7月まで、招待所で朝鮮語、現実研究および現実体験をした。1986年8月13日結婚。
  7. 死亡の経緯:1993年3月13日、平壌市スンホ(勝湖)区域49予防院で精神病で死亡。
  8. 遺骸:墓のあったところは病院を通じて探している。
  9. 遺品:愛用のバドミントンのラケットと写真
  10. 家族:夫:キム・チョルジュ 41歳 会社員
       娘:キム・ヘギョン 1987年9月13日生、 中学生
       住所:万景台区域タンサン(堂上)洞
  11. 1988年頃から1991年にかけて金日成(金日日)政治軍事大学において目撃証言があるとの話は事実無根であって虚偽の情報である。
  12. 18歳頃から精神的に不安定であったということについても根拠はない。結婚後、娘を産むまで精神的な所見はなかった。 (なお、入国直後、招待所で曽我ひとみさんと一緒に生活していた事実がある。) (注)
     夫については、「政府関係者とは会う必要はないと思うが、両親が来た際には会えると思う」旨発言している旨代表団に説明があり、30日夕刻、同人からの書簡が代表団に手交された。

実験的な時系列

◎実はめぐみさんは江戸っ子なんです。予備知識なく無防備のままで人権意識の薄い新潟県へ転校されたのが残念です...「新潟の三条市で小学校の女の子が行方不明になって、9年くらい経って柏崎で見つかった事件をご存知だと思いますが。あの人とは歳がひとつ違い、そしていなくなった日が3日くらいしか違わないので、学校の帰りとか非常に共通点が多いので、あの子の事件が解決したらその余罪で見つかるかと思ったら、その先にめぐみの方が先に北朝鮮にいるらしいと分かって、そしてあの女の子の事件が解決したわけです。(滋さん)」--北に拉致された少女どころか県内で隣接町村に連れ去られた少女すら探せなかったところです。

  • 1977/11/15[公開手配] 横田めぐみ T153 43kg 中肉中背 丸顔 色白 目は一重 やや細め おかっぱ 所持金7000円くらい
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  • 1964/10/05 横田めぐみさん、横田滋さん・早紀江さん夫妻の第一子として誕生(名古屋)
  • 1965 東京転勤(めぐみさん一歳半)<品川区大井6丁目><弟二人生まれる>
  • 1969/04 品川区小野学園幼稚園に入園
  • 1970/03/31 品川区小野学園幼稚園に入園
  • 1971/04 品川区立大井第一小学校に入学
  • 1972 広島へ転勤.(転校)<小2から小6一学期まで>
  • 1976/08 横田さん一家が新潟に転勤(小学6年生二学期・二回目の転校)<滋さん・日銀新潟支店勤務>新潟小学校入学
  • 滋さん:私は日本銀行に勤めておりました。最初、札幌からスタートして、名古屋で結婚してめぐみが生まれ、1歳半くらいの時に東京に来ました。幼稚園と小学校の低学年は東京の大井第1小学校。それから広島に転勤になって、6年生の2学期に新潟に行き、そこで中学に入りました。新潟に行ってから1年3カ月くらいで、事件に遭遇してしまったわけです。それで事件が解決するまでは新潟に置いてほしいと思ったんですが、弟の高校進学問題が話題になるようになり、警察も「親がいなくてもこちらはちゃんと捜査しますから、心配しないでください」ということで、本店へ転勤になりました。その後、前橋支店を経て本店に戻って、平成5年(93年)に定年退職しました。
  • 1977/04 横田めぐみさん、新潟市立寄居中学校に入学
  • 1977/11/15夕 バドミントン部の部活動を終え、帰宅途中に拉致
    • 朝鮮語を習得すればかえすと説得
  • 1978-1979/11 蘇我ひとみと同一招待所に暮らす.拉致直後(北朝鮮説明)
  • 日本国内で、すでに横田めぐみは帰国して精神病院にいると在日グループが新潟でデマを流す
  • 1981-1984 田口八重子さんと同居(北朝鮮説明)
  • 田口八重子:1978年9月-1979年11月まで地村富貴恵と同居
  • 1984-1986 日本人村で暮らす(蓮池証言)
  • 1984/06 金賢姫、同僚女工作員「(金)淑姫(スクヒ)」に誘われ横田めぐみ訪ねる...「めぐみさんと一度だけ会った時期は84年」「本来なら、23年前の大韓航空機事件の際、横田めぐみさんのことを明らかにすべきだったが、スクヒとめぐみさんの関係を公にする勇気がなく、申し訳なかった」(2010/07/21長野県軽井沢町鳩山別荘<横田さん(07/22会見)>.22都内ホテル<他拉致被害者家族>との面会)
  • 1988-1991 金正日政治軍事大学、日本語教官
  • 1986/08/13 めぐみさん(20)工作員の教え子と結婚(相手、朝鮮人:地村富貴恵証言)
  • 1987/09/13 娘出産娘:キム・ヘギョン(注:日付が調度結婚の一年後)
  • 1990代 日本にかえりたいとしきりに訴える(蓮池証言;日本人同士だとわかっていたことに注意)
  • 1993春 夫 キム・ヨンス、子供を連れて家を出る(別居)←05/03/28蓮池証言
  • 1994 逃亡(二度目)
  • 1994/03 精神病院に監禁措置(引越手伝い:蓮池証言)(29歳)
    • 1994/03 死亡(北朝鮮の主張)
      • 1993/03死亡を蓮池証言で「1993/10まで入退院を繰り返していた」「94/03に入院し、4月に死亡した」と修正(2004/09末の第二回実務者協議)
  • 1995-1997 金正日、子供(息子二名と娘、誰の家庭教師か不明)の教師(総書記元側近) ←高英姫の次男 正雲(当時14歳)
    • すし職人三冊目で金正日邸で見かけたという証言?日本側在日組織警戒

After

  • 発覚の経緯は安明進さんの本.*
  • 金賢姫自伝で、金持ちの子供で洗濯もできない(のが拉致されてきている)...というのが横田さんだろう.ついでにいつもニコニコ、大工仕事が上手..が、地村さんだろう.
  • 拉致後、新潟市で「横田めぐみ」が日本に帰国して精神病院に入っているといいふらしたのは協力在日朝鮮人だろう.
  • 2004/11 日朝実務者会談で
    • 横田めぐみさん死亡日付を直す(蓮池証言でつじつまがあわなくなったのを直した)
      • 遺骨は11月9日から14日まで平壌で開かれた実務者協議で、横田さんの夫とされるキム・チョルジュン氏が提供した。北朝鮮側はそれまで、横田さんは93年3月に平壌市内の病院でうつ病で自殺したと説明していたが、この協議では「94年3月に入院し、4月に死亡した」と死亡時期を訂正。遺骨については、キム氏が埋葬されていた遺体を96年秋に掘り起こし、焼いて骨つぼに入れた、と説明していた。
    • 夫の名前が変わった.(キム・チョルジュ→キム・チョルジュン)
    • 遺骨を持ち帰る.(別人二名:帝京大、ミトコンドリア方式、警察庁科捜研は失敗)
  • 2004/12/08 細田官房長官は午後の定例会見で、政府が11月の日朝実務者会議で北朝鮮から持ち帰った横田めぐみさんとされる遺骨はDNA鑑定の結果、横田さんとは別人だったと発表.
  • 夫に関しては特殊薬剤を手に塗って握手、皮膚をもちかえったらしい(週刊新潮)が・・・失敗と報道...
    • 政府代表団が持ち帰ったこの男性の試料をDNA鑑定した結果、「鑑定は不可能」との結論を出した。(毎日新聞) - 12月9日3時27分更新
  • 二度の逃亡歴が報道される*1.これに対して罰がなかったと報道されているが精神病院への実質刑罰、強制入院措置をとったものと思われる.
  • ニセ遺骨で、一気に国論が「制裁」にいかないのは、莫大な北朝鮮経済援助をするとうるおうものが国内に多いこと.日本が独立国家ではなく他国の軍事力でかろうじて国体を維持してきた依存国家であり、制裁に対する報復を防げないこと.歴史にくわしい老人は、朝鮮から多くの朝鮮人を連行、強制労働させたことを知っているから、たかが100人や200人が向こうに拉致されても「おあいこ」くらいにしか考えていないのも事実.
  • めぐみさんも日本語指導 地村富貴恵さん2004/08「証言」 2004/12/11Asahi
  • 帰国した拉致被害者の地村富貴恵さん(49)が横田めぐみさん(拉致当時13)について「北朝鮮で『スクヒ』という女性に日本語を教えていた」と証言していたことを関係者が11日、明らかにした。地村さんは今年夏ごろに関係者に明かしたという。
  •  金元死刑囚は著書「いま、女として」で、「金淑姫(キム・スクヒ)」と名乗る1歳年下の女性とペアを組んで工作員教育を受けたと証言。2人が86年にマカオに語学実習に渡航した際、金淑姫は「高橋慶子」名義の偽造旅券を使っていたという。
  • 11月の日朝実務者協議で北朝鮮側は「田口さんと横田さんは81〜84年に同じ招待所で生活した」と説明している。地村保志さん(49)や蓮池薫さん(47)らも「田口さんと横田さんは一時期同じ招待所に住んでいた。自分たちも同じ地区にいた」などと関係者に証言しているという。ただしその時期は「84〜86年ごろ」とも言っているという。田口さんや横田さんが日本語を教えた経験について地村富貴恵さんが聞いたのも、そのころだったとみられる。
  • 金淑姫...記憶があいまいだが、金賢姫本では対中国工作員の売春婦として養成されていた...金賢姫もその役割で養成(結果的に金賢姫の方が大韓航空自爆テロに選任、死の選択をさせたことを見ると金淑姫の方が要人たぶらかしに都合のい美貌の持ち主だったか).横田さんの教えていた『スクヒ』も日本人として韓国か中国に潜入したと考えている.
  • 2004/12/12 安部晋三幹事長代理:めぐみさんが教えていた工作員は特定できるし様々な事件にかかわっている.(フジ・朝)
  • 「新聞社は最初、拉致者のことをいっていなかった.横田さんは、朝日新聞をやめました」←ここまで言うか、これは朝日が北朝鮮に通信社を設置して密約の巨大な情報利権を独占しようとしているため.
  • 花田元文春編集長:体制が崩壊しない限り横田さんは帰ってこない.
    石原都知事:(おもむろに)経済制裁すべきだな、悪しき政治体制は自滅していい.(日テレ 朝)
  • 総書記の元側近は「横田さんが95年ごろの2年間、総書記の息子の家庭教師をしていた」と話している。
    関係者によると、富貴恵さんは「84年秋から86年7月まで田口さんと平壌市郊外の同じ地域に住んだ。田口さんの招待所にめぐみさんも同居していた」と話したという。横田さんについて、富貴恵さんは「(金元死刑囚と一緒に教育を受けた工作員の偽名の金淑姫(キムスクヒ)の一部である)『スクヒ』という女性に日本語を教えていた」と証言していることも分かっている。  先月の日朝実務者協議で、北朝鮮側が説明した横田さんと田口さんの同居期間(81〜84年)は、金元死刑囚が李恩恵と同居した期間(81年7月〜83年3月)と重なる。家族会などは「李恩恵は田口さんではないとするためのねつ造」と批判しているが、富貴恵さんの証言は李恩恵と田口さんが同一で矛盾しない。  証言では、84年から86年に地村保志さん(49)一家と蓮池薫さん(47)一家、田口さん、横田さんが平壌市郊外の同じ地区に住んだ。86年7月に地村さんと蓮池さん一家が平壌市の別の地区に転居。間もなく結婚した横田さん一家も近くに移ったという。  90年代に入ると、横田さんはしきりに「日本へ帰りたい」と訴えた。蓮池さんは「あともう少し。我慢して」と励ましたという。「脱走」を図り、2度目の時に保護され「精神が不安定で入院が必要だ」と判断された。蓮池さんは94年3月、義州の精神病院に入院する準備を手伝ったという。 12月12日3時3分毎日
  • 蓮池、要注意人物、日本人村の憲兵をやっていた可能性.横田さんが「日本にかえりい」と相談したとき「ちょっとまて」.逃亡後、精神病院送還を手伝っている.
    • 90年代に入ると、横田さんはしきりに「日本へ帰りたい」と訴えた。蓮池さんは「あともう少し。我慢して」と励ましたという。「脱走」を図り、2度目の時に保護され「精神が不安定で入院が必要だ」と判断された。蓮池さんは94年3月、義州の精神病院に入院する準備を手伝ったという。(2002/12/12 Mainichi)
  • 横田めぐみさんは「日本語教えた相手と結婚」=帰国被害者が証言  北朝鮮による拉致被害者横田めぐみさん=失跡当時(13)=の夫について、帰国した拉致被害者が「めぐみさんが日本語を教えた工作員だった」と話していることが14日、分かった。  (時事通信) - 12月15日0時0分更新
  • 「待ち伏せ」とめぐみさん 自分の拉致、曽我さんに  拉致被害者横田めぐみさん=失跡当時(13)=が北朝鮮で、自分が拉致された状況について「待ち伏せされた」と曽我ひとみさん(45)に話していたことが14日、関係者の話で分かった。  北朝鮮はこれまで、横田さんの拉致は「計画的ではなく突発的な行為だった」と説明しているが、計画的な犯行だった可能性が出てきた。  関係者によると、曽我さんは拉致された後、北朝鮮の招待所でめぐみさんと一緒に生活した際に聞いたとみられ、めぐみさんの両親にも内容を伝えたという。  めぐみさんは新潟市立中学1年だった1977年11月15日夕、バドミントン部の部活動を終え、帰宅途中に拉致されたとされる。 (共同通信) - 12月14日21時47分更新
  • 2004/12/16 重村教授 県立短大学生を狙った.
  • (未確認)拉致現場周辺、県立短大・新潟大学医学部・清陵高校、短大(当時なし?)、ピーチランター(若者の集まる娯楽センター)あり.護国神社を根城にして周辺を探索していたと思われる.(彼らの拉致現場にはいつも神社がある)海岸が近く道路が整備されて人が多かったというのは、誤報.海岸と平行道路は、松林の中の道でほとんど人は通らなかった.
  • 2004/12/23 脱北者韓国在、李昌成(64)友人が外貨ショップで手紙を暑がったが開封、北朝鮮に父母がこれないかと書いてあった・・・李昌成(64)は国会証言、いまごろ出てきた理由が不明、また他人からあづかった手紙を開封している点に人間として不誠実、信頼する理由なし.
  • 2004/12/23 横田さん、空き地で待ち伏せ←犯行現場は「護国神社」と考えていたが、どうやら二カ所程度あった「空き地」待ち伏せのようだ.考えられていた交差点現場を家に向かいめぐみさん「左折」している可能性.担当刑事は交差点から村上に連れて行ったような見込み捜査していた.
  • 2005/01/1.7Go 週刊ポスト 横田めぐみ夫日本人説 国会議員七條明(四国比例)兄
    氏名 七條 一
    失踪年月日 昭和45(1970)年2月10日
    ふりがな しちじょう はじめ
    生年月日 昭和23(1948)年8月22日
    性別 男 当時年齢 21
    身長 165センチ 体重
    公開 第3次公開
    当時身分 明治大学政経学部政治学科3年生
    特徴 中肉中背、右利き。靴24.5cm。眼鏡着用。盲腸手術あり
    失踪現場 石川県金沢市
    失踪状況 北陸方面を旅行。8日に能登を回って西宮市の母の実家に立ちより、徳島に帰る予定で、金沢市のユースホステルを出発し、輪島市で宿泊。9日「能登を回ってバスが遅れ、大阪行きの汽車に遅れた」と同じ金沢市のユースホステルに再度宿泊。10日朝出発し、以後消息不明。「雪が降っていたので兼六園の雪景色を見てくると言って10センチ位積もった雪の上を堤防の方に向かって歩いて行った」という証言と「東尋坊・永平寺に回ると言って宿を出る」という証言がある。2月10日は夕方のフェリーで西宮市の母の実家から祖父母を徳島に連れて帰り、翌日行われる法要に出席する約束をしていた。事前に東京の下宿から西宮の母の実家に法要出席のための背広を送ってあった。
    • 地村夫人発言「生徒の工作員と一緒になった」報道のあと・・で無理.
    • この時期の拉致者は、事前に日本側協力者にマークされており、彼が拉致されたとしたら四国から一緒に日本側拉致協力者が同行・随行・尾行していたことになるが・・・
  • 2005/01/24 米国DIA情報 高英姫と横田めぐみが親しかった.日刊ゲンダイ
  • 2005/01/24 東京歯科大の橋本正次助教授「法人類学的にも横田さんの骨であるとの判断に至る結果は得られなかった」との鑑定結果.
  • めぐみさん別居 「死亡」1年前から 「夫」は違う名 蓮池夫妻証言
    北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさん=拉致当時(13)=の夫とされるキム・チョルジュン氏の名前について、拉致被害者の蓮池薫さん(47)、祐木子さん(48)夫妻が「違う名前だ」とめぐみさんの家族に説明していたことが二十七日、分かった。めぐみさんと夫の関係については「仲が悪くなって別居していた」とも証言した。  めぐみさんの夫とされる人物は、昨年十一月の日朝実務者協議で、日本側の調査団と面会したが、本人確認のための血液や毛髪の提供を拒否していた。  北朝鮮側のこれまでの説明によると、めぐみさんは夫とされる人物と一九八六(昭和六十一)年八月十三日に結婚した。翌年九月十三日にキム・ヘギョンさん(17)を出産した。ヘギョンさんとめぐみさんが親子であることはDNA鑑定によって、確認されている。  その後、めぐみさんは精神状態が不安定になり、一九九三(平成五)年春から二つの病院で入退院を繰り返し、一九九四年四月に自殺したとされる。  昨年十一月に平壌で行われた日朝実務者協議の際、夫とされる人物は「キム・チョルジュン」と名乗り、日本側の調査団と面会した。調査団は本人と確認するために血液や毛髪の提出、写真撮影を要請したが、いずれも拒否した。  実務者協議で、夫とされる人物は「身近なところに置いておきたかったので、掘り出し火葬して骨を保存していた」と説明し、めぐみさんのものとする遺骨を渡した。その「遺骨」は、日本側のDNA鑑定で偽物であることが判明した。  蓮池さん夫妻は夫とされる人物について「キム・チョルジュンは偽名で、実際はキム・ヨンスだった」と説明した。  めぐみさんと夫の関係については「途中で仲が悪くなって、北朝鮮が死亡とする一年前から別居していた」と証言した。  関係者の一人は「仲が悪く一年前から別居していた人物が、わざわざ墓を掘り返すのはおかしい。北朝鮮の言うことはでたらめばかりであることが改めて分かった」と話している。(産経新聞) - 3月28日2時40分更新
  • 2005/03/29 日本記者クラブ 横田夫妻
    • 帰国家族はもっと情報を話してもらいたい
    • 横田めぐみさんには二つの名前がある「リュ・ミョンスク」&「リュ・オクヒ 」
  • 「金正日の息子・正雲が横田めぐみさんを夫から奪った」核心証言入手 北朝鮮・金総書記、拉致被害者・蓮池夫妻  週刊ポスト(2005/4/15)
  • 2005/04/15Go 週刊ポスト めぐみさん、金正日の息子 正雲(ジョンウン)の日本語教師
    • コヨンヒ(高英姫)の次男 1981年生まれ
  • 2005/04/13NHK 蓮池氏、横田めぐみさん夫の写真持ち帰っていた.
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  • めぐみさんと夫と娘の写真を公開 蓮池薫さん一家が北朝鮮から持ち帰った、横田めぐみさんと夫のキム・チョルジュン氏と娘・ヘギョンさんが写った写真が薫さんの兄・透さんから公開されました。キム・チョルジュン氏の写真が公表されるのは今回が初めてです。
  1. 北朝鮮で蓮池薫さん一家が横田めぐみさん一家と一緒に海水浴に出かけた際の写真です。蓮池さん一家の後ろに小さく写っているのが、横田めぐみさんと浮輪をつけた娘のキム・ヘギョンさん。そして、右側が夫のキム・チョルジュン氏です。髪の毛と頬・首だけが写っています。
  2. もう1枚の写真は、北朝鮮で遊園地に行った時のキム・チョルジュン氏の写真。こちらも横顔で、表情をうかがい知ることはできません。 「北朝鮮の担当者のチェックから漏れた。つまり、彼らが持って帰ってもいいという写真と絶対だめという写真を分類したわけですよ。その担当者がチェックミスをしてしまった」(救う会・平田隆太郎事務局長) 関係者によりますと、蓮池薫さんは、キム・チョルジュン氏の顔が写った写真を何枚も持っていましたが、北朝鮮側に没収され、日本に持ち帰ることができませんでした。  横田滋さん夫妻は「めぐみに間違いない。ヘギョンちゃんは2歳半から3歳位ではないか。めぐみが過ごしたこういう時間があったのだと受け止めています」と話しています。(13日 17:55TBS)
  • 2005/07/13 NHK 横田めぐみに日本語を教えていた男 国際手配のシンガンス(曽我ひとみ証言).
  • 78年8月に拉致された曽我ひとみさんが横田めぐみさんと同居中、原敕晁(ただあき)拉致にかかわったとされる元工作員の辛光洙容疑者から教育を受けた.
  • 2006/01/05 曽我さんは辛容疑者から直接、めぐみさんを拉致したことを聞いたと証言。(共同通信) - 1月5日21時34分更新
  • 地村さん夫妻は78年7月、福井県小浜市の展望台で4人組の男に拉致された。地村さんは「実行グループを指揮していたのは、辛元工作員だった」と話しているという。(毎日新聞) - 12月31日10時40分更新
  • 横田めぐみドキュメンタリーが米映画祭で上映
     米国の映像プロデューサー夫婦が、北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんのドキュメンタリー映画「アブダクション(拉致) 横田めぐみ物語」を製作。生い立ちから、父滋さん(73)母早紀江さん(69)の救出に向けた活動を描いた。プロデューサー夫婦は「家族の積年の苦悩を知れば、多くのアメリカ人も関心を持ってくれるだろう」と話している。  映画は、19日から米ユタ州で開幕するスラムダンス映画祭で上映される。監督・製作したのは、ワシントン在住のクリス・シェリダンさん(36)と妻のパティ・キムさん(36)。夫婦は02年の日朝首脳会談の報道で拉致問題を知り、13歳の少女も被害者であることに強い衝撃を受け、映画製作を思い立った。  作品は、77年11月のめぐみさん失跡から始まり、横田さん夫妻が娘の姿を追い求めて活動する日々を映している。夫婦の招待で家族会事務局長の増元照明さん(50)が現地入りし、20日のオープニングパーティーで早期解決への協力を訴える予定だ。夫婦は日本での公開も目指している。  国連で非難決議が採択されるなど北朝鮮の人権問題が注目を集める中での上映となる。 (毎日新聞) - 1月14日10時30分更新
  • 2006/03/16 米国のシーファー駐日大使が十六日、新潟市を訪れ、横田めぐみさん=拉致当時(13)=が北朝鮮の工作員に拉致された現場を視察した。米国の高位外交官が拉致現場を視察するのは初めて。めぐみさんの両親の滋さん(73)と早紀江さん(70)+新潟市長も同行した。
  • 2006/04/07 韓国紙「中央日報」:北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの娘、キム・ヘギョンさんと、韓国人拉致被害者の金英男(ヨンナム)氏の家族のDNA鑑定で、金氏とヘギョンさんは父子関係にある可能性が高いとの結果が出ていることが7日、複数の政府関係者の話で明らかになった。めぐみさんの夫とされるキム・チョルジュン氏が韓国人拉致被害者だと日本政府が確認したと報道。
  • 2006/04/14 17時2分更新(西日本新聞):韓国の拉致被害者家族らでつくる「拉北者家族会」の崔成龍(チェソンヨン)代表は14日、北朝鮮に拉致された横田めぐみさん=当時(13)=の夫である可能性が高い韓国人の金英男(キムヨンナム)さん=同(16)=と家族が、ここ数カ月にわたり平壌近郊で自宅軟禁されていると明らかにした。また、同家族会とともに拉致被害者救出運動に取り組む韓国の団体「被拉・脱北人権連帯」の都希侖(トヒユン)事務総長は同日、西日本新聞の電話取材に対し「金さんは現在、娘のキム・ヘギョンさん、めぐみさんの死後に再婚した女性、その女性との間にいる息子らと暮らしている」と証言した。
  • 06/06/29 横田めぐみさんの夫である可能性が高い韓国人拉致被害者金英男(キムヨンナム)さん(44)と母崔桂月(チェゲウォル)さん(78)、姉金英子(キムヨンジャ)さん(48)が28日午後、北朝鮮・金剛山のホテルで再会した。1978年8月に英男さんが北朝鮮に拉致されて以来28年ぶり。めぐみさんの娘キム・ヘギョンさん(18)、英男さんの再婚相手パク・チュンファさん(31)とその間の息子チョルボン君(7つ)とされる母子も同席した。(西日本新聞) - 6月29日
  • 06/06/29記者会見には当初、横田めぐみさんの娘、キム・ヘギョン(ウンギョン)さん(18)も出席するはずだったが、韓国同行記者団には直前になって、何も説明がないまま、変更が伝えられ、結局、同席しなかった。
  • 【ソウル30日共同】横田めぐみさんの夫だった韓国人拉致被害者、金英男さん(44)は30日午前、母の崔桂月さん(78)、姉の金英子さん(48)と、北朝鮮・金剛山で最後の対面を行った。  この日で3日間の再会日程は終了、午後に崔さんと金英子さんは金剛山を離れ、韓国に戻る。英男さんは29日、崔さんらに8月に平壌に来るよう要請したが、韓国政府の許可が必要で、実現するかどうかは未定だ。英男さんは29日の記者会見で、自らが北朝鮮に拉致されたことを否定。(共同通信) +「ヘギョン」は幼少時のあだ名で、「ウンギョン」が本名.めぐみさんは94年に自殺(YONHAP NEWS) (29日18時6分)
  • 06/10/13横田めぐみさん写真展 あさがおの会HPで
  • 2006/10/13 政府は13日午前の閣議で、北朝鮮に対する日本独自の追加制裁措置を正式決定した。  <1>北朝鮮籍船舶の入港を全面禁止する<2>北朝鮮からの輸入を全面禁止する<3>北朝鮮国籍保有者の入国を原則禁止する――ことが柱で、6か月の期限付きで発動する。
  • 2007/07/10(火) 韓国のソウル地方警察庁は9日、北朝鮮製とされる覚せい剤を密売したとして、ソウル在住の元北朝鮮工作員、安明進(本名アン・ミョンジン)容疑者(38)を麻薬類管理に関する法律違反などの疑いで逮捕.調べによると、安容疑者は今年2月、ソウル市内の飲食店などで覚せい剤12グラムを密売するなどした疑い.同居の女性(33)と一緒に覚せい剤を使用していたという.警察当局は、安容疑者がソウル在住の脱北者らに覚せい剤を密売していた疑いもあるとみて、追及. 安容疑者は工作員養成機関とされる金正日(キム・ジョンイル)政治軍事大を卒業後、朝鮮労働党の工作機関「作戦部」に勤務.1993年に韓国に潜入し、そのまま亡命.その後、88年から91年にかけて金正日政治軍事大構内で横田めぐみさんや市川修一さんら日本人拉致被害者を目撃したと証言.
  • 2008/03/29(土)政府の拉致問題対策本部は3月28日、横田めぐみさんの拉致事件と、 家族の活動を描いたアニメ「めぐみ」のストリーミング配信を、「政府インターネットテレビ」で始めた。アニメはコピーフリーのWMV形式でダウンロードすることができるほか、コピーフリーのDVDも制作し、全国の地方自治体などに無料で配布する。英語・中国語・韓国語版も用意した。拉致事件を描いた漫画「めぐみ」(双葉社刊)を25分間のアニメ。めぐみさんが拉致される前の横田家の様子や、救出活動に奮闘する家族の様子を描いている。アニメを活用することで子どもや若者にも訴えかけるのが狙い。制作費は2000万円弱。「政府インターネットテレビ」
  • 2009/01/18「大韓航空機爆破事件」の実行役・金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚が横田めぐみさんについて、「同僚の工作員に日本語を教えていた」と証言した。韓国誌『月刊朝鮮』元編集長の趙甲済(チョガプチェ)氏がインタビューし、17日発売の同誌2月号に掲載した(各紙)
    • 【金淑姫(キムスクヒ)という偽名の女性工作員と招待所に同居し工作員教育を受けた。インタビューで元死刑囚は「横田さんを見たことはないが、淑姫が日本語を習ったそうだ」と述べ、日本語教師役だった横田さんと一緒の写真を見せてもらったことなどを証言】(毎日)
  • 2011/07/22(金) 菅直人首相の資金管理団体が、拉致事件容疑者の長男が所属する政治団体「市民の党」の 周辺団体に多額の政治献金をしていた問題は21日、拉致被害者家族の増元照明さん(55)が 参院予算委員会に出席し、首相に説明を求める事態に発展した。 増元さんの発言要旨は以下の通り。
    • 家族会結成は平成9年だが、それ以降、日本の闇に傷つけられて13年過ごした。赤い旗を振る人たちから、朝鮮半島に日本がしたことをどう考えるんだ、という非難の言葉を投げつけられた。 家族を取り戻したいだけなのに、いまだイデオロギーで反対する人がいる。 今回の献金問題で、横田早紀江さんは『何を信じていいか分からない』『本当に私たちの家族を取り戻してくれる政府なのか』と、吐き気がするほど具合が悪くなった。 菅首相から拉致実行犯の北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)容疑者の釈放嘆願書署名についておわびがあった際、過去のことは問わないと了承したがその後、拉致実行犯の息子を擁立した団体に多額の献金がされている。 私の父は『日本を信じる』と言って死んだ。父が信じた日本は、国民の命を救出できる国だと思う。 そういう国づくりをしていただきたい
    • 増元さんの話を受けていかがか 「(拉致実行犯と深い)関係があると認識していなかったがそうしたことがあるとすれば、 そうした関係の濃いところとの政治的なつきあいは控えていきたい」
    • 家族会への謝罪は 「そういう関係があるとすれば、あったとすれば、連携などの活動をしたことについて、 大変申し訳なく思っている」 ttp://sankei.jp.msn.com/politics/news/110721/plc11072122040019-n1.htm
  • 2012/08/28(火) 23:24:29.71 ID:???0 昨年末に死去した北朝鮮の金正日総書記の専属料理人を10年以上務め、今年7月に訪朝、 第1書記就任後の金正恩氏に日本人で初めて面会した藤本健二氏=仮名=が28日、東京都内で講演し、拉致問題について「(正恩氏は)解決すべきものを一つ一つ片付けていこうとの姿勢が見える」と述べ、非常に前向きとの印象を受けたとした。 藤本氏は、7月22日に平壌で開かれた金第1書記らによる歓迎パーティーの席上 「横田めぐみさんたちを日本に帰国させてあげてください」との内容の手紙を読み上げたという。 藤本氏は9月末に再訪朝し「平壌と日本を行き来する生活を送る」と述べた ttp://www.47news.jp/CN/201208/CN2012082801002526.html
  • 2012/08/31(金) 北朝鮮が、1994年4月に「死亡した」と説明している拉致被害者、横田めぐみさん=拉致当時(13)=は それ以降に再婚し、男児を出産、少なくとも2001年時点で生存していたとする情報を、日本政府が入手 していることが30日、分かった。情報はまったく別の2ルートからもたらされている。政府は北朝鮮側の 説明の矛盾点として分析を進めている。 関係者によると、情報源の一つは、北朝鮮の内部事情に精通する消息筋。情報によれば、めぐみさんは93年3月、 当時の夫だった韓国人拉致被害者で、特殊(工作)機関に勤務していた金英男(キム・ヨンナム)氏(50)と離婚。 家庭内暴力などから不仲になった。 拉致被害者を監督する北朝鮮当局者は再三、金英男氏を指導したが改善されず、めぐみさんが精神的に衰弱して いたため、当局が離婚させた。その後、精神科で治療を受けさせたという。 めぐみさんは94年9月、別の対日工作員の男と再婚し、96年11月に男児を出産。2001年当時、平壌市 龍城区域の招待所で生活していたという。 もう一つの情報源は、02年11月に脱北した朝鮮労働党の元工作員(58)。元工作員は、韓国の北朝鮮向け ラジオ「自由北朝鮮放送」に手紙を送付。手紙によれば、金英男氏は酒癖が悪く、暴力が原因でめぐみさんと けんかになり、93年3月に離婚。その後の再婚時期や出産時期、01年時点で生活していた招待所についても、 消息筋の情報と一致している。 ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120831-00000088-san-soci
  • 2014/03/16(日) 北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさんの両親である横田滋さん(81)、早紀江さん(78)夫妻が、 めぐみさんの娘、キム・ヘギョンさん(26)らと今月10〜14日、モンゴルのウランバートルで、 初めて面会していたことが分かった。 日朝両政府が今月3日、非公式協議を行った際に面会を実現させることで合意していた。複数の政府筋が 15日、明らかにした。 面会には、めぐみさんの夫とされる金英男(キムヨンナム)さんも同席した。横田さん夫妻は、ヘギョンさんとの 面会をかねて希望しており、日本政府が水面下で北朝鮮側と調整を進めていた。ただ、「北朝鮮側に利用され かねない」として横田さん夫妻が訪朝に慎重だったため、第三国で面会することとなった、という。 ttp://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20140316-OYT1T00060.htm?from=ylist
  • キム・エンギョン(26)、夫 金日成総合大学IT学科同級生 子供♀生後10ケ月.同行父は「労働党マドンナ」朴チュンファと再婚.藤本健二:01年ころ、元山 金正日別荘で横田めぐみに似た女性を見た・・・金ファミリーの専属日本語教師か(2014/04/05 週刊現代)

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*1 出元、某NGO小坂か.二重スパイ?
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