北朝鮮 拉致拉致 / 平島筆子
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平島筆子

※時系列
1958  都内在住の在日朝鮮人男性と結婚、翌年十二月、夫ともに帰国船で北朝鮮に渡った.
1968頃 夫、政治犯として連行.家族農村へ.長男・長女、孫三人.
2002/12  北朝鮮北部の両江道から中国に脱出.
2003/01  44年ぶりに日本に帰国.
2005/03/24 頃 平沢議員に中国行きを嘆願.
2005/05/07  中国へ(往復切符)
2005/05/07  中国東北部・遼寧省瀋陽に渡った直後、北朝鮮側の指示で瀋陽の北朝鮮総領事館に連行.その後北京の北朝鮮大使館.
2005/05/17  帰国予定
2005/05/18 北朝鮮大使館(北京)で会見し、北朝鮮を脱出したのは「だまされたため」として再び北朝鮮に戻ると表明.
「日本では会いたかった妹にも古い友達にも会った。しかし、日ごとに子供たちへの思いが募った」
  • 帰国当時の週刊誌=つづく日本での生活については安心しきっているのがおもろい.
    • 文春:「Nステ」と「週刊新潮」脱北日本人妻実名報道は営利誘拐の片棒担ぎ<警告手記 加藤 博(北朝鮮難民NGO)>
    • 新潮:中国を恐れて脱北日本人妻「平島筆子さん」を見捨てていた外務省の「冷血官僚」
  • 2003/07/21 Nステに脱北日本人妻が生出演

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  • 実名でテレビに出た理由は、妹が北にいる私の子供たちに手紙出したが、返事がないので心配だから。
  • 子供には脱北のことは言っていない。黙って出てきたのは、子供は知らない方がいいと思ったから。
  • 北に渡った日本人妻たちはもう皆70才を超えている。「死ぬ前に日本の土を踏んでみたい。日本は北朝鮮から見て東にあるので、東向きに寝かしてほしい」と言って、大勢亡くなった。
  • 3年に1回は里帰りできるという約束があった。総連(新小岩の支部)が言ったのを聞いた。向こうに行って子供が3つになったから帰れるか、と。でも帰れない。3年たち、また3年たちで、今はみんなあきらめている。
  • 向こうでしばらくは良いくらしだったが、10年経った頃に、主人が何者かに連れ去られてから大変な暮らしになった。それからは苦労ばかり。歯がおかしくなり始めて、1つずつ抜けていって、40ぐらいで髪が真っ白に。
  • 最初に髪を染めたのは中国、歯は日本に帰ってから治した。
  • 主人がいなくなってからは工場で働いて、定年後は山にまきを取りにいって、山菜をとりにいって市場に売りに行ったり。日本の方々には想像つかないと思う。娘といっしょにそういう仕事をしてきた。
  • (テレビ見ている、日本人妻のご家族に対して)できるだけ手紙だけでも出してあげて。日本から手紙が来たって言ったら、皆さん自分のことのように喜んで、懐かしがるから。
  • (日本人妻の問題は北の人道問題で、北は応じると言っているが)時間がない。みんな年取っている、歩けない人も大勢いる。
  • (身代金目的の誘拐だという報道があったことに対して)そんなことはない。皆さんよくしてくれた。北を出る時は髪も真っ白だったが、皆さん美容院につれてってくれて。誘拐だと言われて驚いた。
  • (北の政府に伝えたいことは?)子供たちには一言も日本に行くとは言わないで来た。子供たちは今、北で一生懸命働いている、家庭を持って。私は今まで43年間子供たちのためにがんばって生きてきた。これからも子供たちが今までのように生活できるように、北の方たちにお願いします。私が日本に来たことに対して、子供たちにつらい思いをさせないように。子供たちは一生懸命に働いている。私とは違います。私は日本人として死ぬ時は日本で死にたいと思って帰ってきた。
  • 2週間前平沢議員に中国行きを嘆願.「長男(2004/05 死亡した=原因はなんでせう?)の嫁と(中国で)会うため」. このまま日本にいても家族を政府が北朝鮮からよんでくれるようなそぶりもないから、見切りをつけたのだろう.冷蔵庫の中にはトマトがあったから、戻る意思はあった、写真は肌身離さずいつももっているという説明も可能.
  • 東京の部屋には仏壇があるのだが、「写真」が消えていたらしい.中国に行くときから日本に戻る気はなかったということになる.日本にいたときから北朝鮮人と接触していたわけである.北朝鮮から「拉致」してくるのはいいがその後のマニュアルがないようだ.今時、日本の女でも、嫁に拉致してきて日々、エサを与えなければ実家にかえってしまう.前科者の曽我夫とその家族には皇室みたいに金魚の糞がつきまとっているが、この旅の中国入国には、外務省と警察庁職員は同行していなかったのだろうか、警察官僚平沢はどうしたのだ.自由をはき違えるな.訳ありばあさん一人でならずもの国家の仲間の共産国で身を守れるか.
  • ブローカーは一粒で二度おいしい.北朝鮮は嫁に中国であわせ説得したんだろう.
    • 人生で二度、祖国に見切りをつけた(一回目は勝手に好きな男と行ったのだろうが、二回目は苦痛の選択を日本国がさせてしまった)平島さんに幸あれ.

Book

  • 2003/08/29 脱 北 平島筆子著 新潮社 1,300円 410462201X
  • 2003/10 脱北 妻として、母として、日本人として 新潮社 価格 1,365円 (税込) 4-10-462201-X
  • 発売が延期になりました どうして

追記

  • >平島さんは「孫たちが思いもよらぬ良い大学に入学でき、金正日将軍さまの人徳政治を実感した」 >とのべ、「四十三年間暮らした共和国(北朝鮮)が故郷です」とした。 >            (略) >日本に帰国した経緯について、日本在住の妹が中国で待っていると誘われて北朝鮮を脱出したが > 妹とは出会えず、「悪い人たちにだまされた」と説明。日本での生活は恵まれていたが、家族が恋しくなったという。
  • 平島さんには昨年5月中旬、長男が死亡したとする手紙が届けられたが、平島さんが中国滞在中に長男に会ったという情報もある.(毎日新聞) - 4月30日3時5分更新


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