事件を見にゆく / 【佐賀】1989北方連続殺人事件
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公判記録note

北方連続殺人事件

■さて、鷹の目で広域に現場を見ると「長崎自動車道・長崎バイパス」を真犯人は熟知、多々通過していることがわかる。なにげなく事情通に聞くと・・・やはり、レンタ車を使い「長崎自動車道」を走れば「佐賀女性7人連続殺人事件」を短時間で見れるとのこと・・・その気になって現地に入ると・・・「長崎自動車道なんぞ知らん、九州横断自動車道ならあるが」とか「大分自動車道のことじゃねぇ」とか・・・

■地方分権・郷土発展・地場産業優先・・・とかで地元から犯人役を出すのなら、郷土振興・取材費・滞在費・捜査予算バッチ・グーで・・・それでいいし、ヤッコサン達の仕事に異論もないが、裁判には7割の事実も消え失せた昨今、この事件解明のため少しでも参考になるところがないかと多額の予算を費消した公判記録を斜めさぐり読みしつつ・・・世論・マスコミに迎合せず1%の真実を求める外野組には、一筋縄じゃいかない「九州横断道路」であった。。。

■1987/03/18 武雄北方IC - 佐賀大和IC開通(当時は九州横断道)

No失踪日氏名(歳)職業住所遺体発見日発見場所
(被)松江輝彦(26)A型運転手北方町鹿児島刑務所服役中逮捕
51987(S62)/07/8(水)藤瀬澄子(48)料亭従業員武雄市1989(H1)/01/27白骨北方町大峠崖下
61988(S63)/12/7(水)中島清美(50)主婦杵島郡北方町1989(H1)/01/27腐乱北方町大峠崖下
71989(H1)/01/25(水)吉野タツ代(37)縫製工場「R」杵島郡北方町1989(H1)/01/27北方町大峠崖下
三女性の失踪日が全部水曜日だそう
  • 2005/05/10:佐賀県北方町の山中で1989年、女性3人の他殺体が見つかった「北方事件」で、 殺人罪の時効直前に逮捕、起訴された松江輝彦被告(42)の判決公判が10日、 佐賀地裁で開かれ、坂主勉(さかぬしつとむ)裁判長は無罪を言い渡した。 最初の事件と他の事件の間に、松江被告が別事件で有罪判決を受けて確定したため、 刑法の規定で併合罪とならず検察側は求刑を分割。 1人の殺害で無期懲役、残る2人殺害で死刑を求刑した。 松江被告側は起訴事実を全面否認。物証が乏しく、検察側は状況証拠を重ねた立証を迫られた。 判決で坂主裁判長は、最後に起きた吉野タツ代さん=当時(37)=殺害事件を中心に 遺体の状況などを詳細に検討した上で、犯罪の証明がないと結論付け、 他の2件についても無罪と判断した。 [共同通信](14:22)

◎遺体発見

bonbana.jpg
  • 1989年(H1)1月27日、典子(仮名/55歳)は夫が運転する車で用事を済ませて自宅に帰る途中.すっかり、日も暮れた午後5時50分ごろ、暗い山道を抜けて北方町の大峠と呼ばれる地区に入ったところで、仏壇に供えるのに 丁度いいと思ったトウゴシュの花を見つけた.典子はそのトウゴシュ*1の枝を拾いに車を降り た.約2メートルのその枝は何かで切り落とされているようだった.ついでに、道沿いに咲く花を摘んでいた典子 は、ふと崖下に目をやると、何か白いものを見つけた。なんだろうと思い、崖を降りその白いものに3メートル まで近づいたとき、それが女性の死体であることに気づいた.110番通報で、警察が駆けつけ捜査が始まった。すると、その白い服を着た女性の死体からわずか2メートルの ところに上半身が腐乱状態になっている女性の死体を発見した。さらにその1メートルほどのところで白骨死体 を発見.3人の遺体のそばにはシャツやセーター、下着、タオルなどが木の枝に通してぶら下がっていた.また、典子が 見つけたトウゴシュの枝はノコギリで切られたような跡があり、それは死体遺棄現場を指し示すか のように丁度、真上に置かれていた.
    • (htp://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/saga.htm)
  • この盆花を自分だけの「墓場」に供えていたとしたら、一転猟奇的犯罪になり、超インテリで高齢者が犯人像として浮かぶ.狭山事件でも「宗教的」埋葬方法をとって殺害者を埋葬してたな.「R」縫製工場に海から通勤していた男はいなかっただろうか.

被害者の私生活

  • 吉野タツ代
    • 吉野タツ代(当時37歳)は北方町で農業を営む夫と1年前(1988)から別居.同町にある実家に戻っていた.嫁ぎ先は遺体発見現場から500m. 実家では両親と小学校4年生の長男の4人で暮らし.
    • 1988/12から被告と交際、肉体関係あり.
    • 失踪日1989年(H1)01/25(水)
      • 18:55 勤務先の縫製工場「R」タイムカードを押して退社.
      • 19:15 帰宅.
      • 19:20 タツ代宛てに電話.相手や内容は不明.
      • 19:40 電話を切ると、「友達を山内町まで送ってくる」「友だちの車がパンクした.遅くなる」と母親に言って車(ミラ)で外出、そのまま行方不明.
◎被告足取り(妹&母による) 参考
1989/01/25 
18:00 北方町志久の自宅に帰宅
18:30 被告 台所で食事中
19:00過ぎ 軽トラックで外出
21:30 帰宅
22:30  母帰宅2階の被告の部屋にあかり確認
  • その後、タツ代の車はロックされた状態で、自宅から約3キロ離れた武雄市のボウリング場の駐車場で発見.そこで、タツ代を見かけたと言うOLの目撃談によると、白のトヨタ・クレスタがやってきて、タツ代を助手席に乗せて走り去った.
  • 前年10月、タツ代は「だんなさんの仲間」という男から「だんなさんと別居しとるやろ。話しがあるけん、出てこんね」という電話を受けていて、タツ代は気味悪がって家に閉じこもっていたが、その後も不審な男から同じように誘い出すような電話があり、それは失踪する直前まで続いた.
  • 前日、被告とあってセックス、翌日、被告だか別の男だか知らんが、汚いパンツをはいたまま、会いにいくもんかなぁ.県警A型、警視庁鑑定O型...ころころ変えるがそれでよろしいか.被告は、乳なめしたとボウチンにあるが、風呂もはいらのか.弁護側はこの「証拠」も認めてはならない.
    • この女性、正体不明...
  • 藤瀬澄子*2
    • 1987/(S62)7/8(水)、藤瀬澄子(当時48歳)は心臓病を患っていた夫に代わって家計を支えるため、武雄(たけお)市内の自宅から歩いて5分ほどの料亭で仲居.
    • この日は料亭の仕事が早く終わったため、女性の同僚と3人で近くのスナックに行って飲みながらカラオケで歌った。1時間ほどで店を出たあと、澄子は「知っている人がよく来る店があるから、もう一軒行こう」と誘ったが、同僚の女性は電車の時間があるからと、断ったためその場で別れ、そのまま行方不明.
    • 地裁判事は「事件性がない」ような書き方をしている.自殺の可能性があるということか.
  • 中島清美
    • 1988(S63)12/07(水)、中島清美(当時50歳)は自営業の夫との間に3人の娘.ごく普通の主婦で近所の主婦たちがメンバーになっているミニバレーボール(5人制バレーボール)のチームに所属していた。この日、ミニバレーの練習があるからと家族に言い残して外出したあと行方不明.自宅から練習会場まで1キロ.
    • 失踪から1週間後の昼ごろ、清美の自宅に中年男性の男の声で電話.「奥さん、見つかったそうですね」「焼米(やきごめ)のほうでしょう」「あなたはどちらさまですか」 「あんたの知った人間だ」
      • 40〜50歳ぐらいの男性*3の声で佐賀弁の中に関西弁.夫、義明は「聞いたことがあるようなないような声」.その後も、数日おきに自宅や義明の勤め先に、無言電話が数十回かかっていた。「焼米」という言葉はのちに遺体が発見される大峠の近くにある地名の通称で、この呼び名を使っているのは地元の人ぐらいしかいないため、この地名の北方町出身で、関西方面で暮らした経験のある男.

公 判 etc note

matsue.jpg
  • ...しかし、同被告は被告人質問で、吉野さんとの交際は認めたものの、「数日前には会ったが、(失そう当日の)二十五日には会っていない」と供述。当日は「嬉野町で友人に会っていた」とアリバイを主張する。
    • この現地は閉鎖社会、屋号で呼び合うような仲間意識と憎しみが強い地、北朝鮮の収容所内のような人間関係と考えていい.つまりみんなつながっている.知り合いでつきあいがあり、お互いのけつの穴まで知っている関係だ.そんな中での殺人は口が堅く捜査ができない.
    • それにしちゃあ、ずいぶん、捜査ならぬ密室いじめ(取り調べもどき)には熱心だなぁ→平均12時間35分の長時間の取り調べが連続17日間にわたって行われ、11月2日は昼食も夕食も取っていない(裁判所上申書などの証拠採否に関する裁判所の決定の要旨から).
  • 第3回公判
    • 証人尋問  検察側証人として、北方町志久の町道わき雑木林で女性3人の遺体が発見された際に、実況見分を行った、当時の県警鑑識課員2人が出廷した。 2人は、(1)遺体発見日の夜、松江輝彦被告(40)所有の軽トラックの写真を撮影した(2)軽トラック荷台から、遺体発見現場に生えている植物の葉が見つかった(3)遺体発見の翌日、松江被告から事情を聴き、右手の中指と小指付け根付近にある傷を写真撮影した(4)遺体発見から3カ月後の89年4月、松江被告が売却した軽トラックを検証。助手席から尿反応があったほか、吉野さんの体の傷が、軽トラック内の突起物の位置と一致するか検証したなどと証言した。
  • 第26回公判
    • 証人尋問  松江輝彦被告(40)の軽トラックの座席を調べた警察庁科学警察研究所(当時)の鑑定官が出廷。弁護側の反対尋問が行われた。 第21回公判(7月3日)の証言では、助手席についていた尿について、「付着時期は鑑定まで1年たっていない」としたが、この日は「古い尿だと成分が変化する可能性がある。尿が付着した時期は鑑定事項には入っておらず、試薬を使うなどして検査したわけではない」と証言した。また、座席シートの裏に付着した尿から血液型を推定するのは難しく、失禁などで着衣を通してシートに付着した場合「DNA鑑定になじまない」と証言した。次回公判は、9月18日午後1時10分から。
  • 自白上申書の証拠請求却下/無罪公算強まる9/17
    • 佐賀県北方町の3女性連続殺人事件で、殺人罪に問われた元運転手松江輝彦被告(41)の公判が16日、佐賀地裁(坂主勉裁判長)であり、被告が15年前に殺害を認めて書いたとされる上申書すべてを「違法な取り調べで得られており、任意性が疑われる」として証拠請求を却下した。犯行を裏付ける決定的な物証に欠けることから、検察側は上申書を立証のよりどころにしてきただけに、弁護側は無罪の公算が大きくなったとみている。
    • 決定によると、上申書計67通のうち65通について、(1)別件で起訴・勾留(こう・りゅう)中の任意の取り調べであるにもかかわらず、取り調べを拒否できることの説明が十分でなかった(2)1日平均12時間35分もの取り調べが17日間も続いており、社会通念上の限度を超えていた(3)実質的に余罪で逮捕・勾留した取り調べで違法、として証拠請求を却下。犯行を否認した2通のみを採用した。
    • また、供述調書5通、取り調べを録音したカセットテープ4本、実況見分調書4通の証拠請求はすべて却下された。
    • 事件は89年、行方不明だった藤瀬澄子さん(当時48)、中島清美さん(同50)、吉野タツ代さん(同37)の遺体が同町の雑木林で見つかった。
    • 同年10月に別件で逮捕された松江被告が取り調べに対し、殺害をいったんは認めた。上申書はその際に書かれたとされ、殺害方法や心情などが記されている。しかし、直後に否認に転じ、当時は逮捕に至らなかった。
    • その後、時効直前の02年になって3件の殺人罪で逮捕・起訴されたが、有力な物証がなく、15年前の上申書の証拠能力が最大の争点になっていた。
    • 公判では、上申書について被告側は「黙秘権について知らされず、取り調べ中に暴行や自白の誘導を受けて書かされた」などと主張。検察側は「取り調べは正当で黙秘権も告知し、内容に犯人しか知り得ない『秘密の暴露』がある」と反論していた。
  • 判決文がないからコメントしない方がいいだろう.新聞の抜粋は意味なし.
  • 2005(H17)/05/10[佐賀地裁](坂主勉裁判長)無罪(求刑・死刑)
  • 2007(H19)/03/19[福岡高裁]1審・佐賀地裁判決支持.検察側控訴棄却.
  • 2007/04/02[福岡高検]の上告断念発表.
  • 2007/08/20[佐賀地裁]刑事補償法に基づいて国に580万円賠償命令.

教 訓

  • 2002/06/11:3女性殺害の「北方事件」、服役中の男を逮捕 佐賀県北方町の山中で1989年1月、行方不明になっていた女性3人の他殺体が見つかった「北方事件」で、佐賀県警大町署の捜査本部は11日、うち縫製工場工員(当時37)の殺害について、北方町出身で鹿児島刑務所に服役中の松江輝彦容疑者(39)を殺人容疑で逮捕。
  • なぜ、上申書なのか???殺害の供述がとれなかったんでしょ
    • 1989別件覚せい剤取締法違反 起訴拘置中、任意取り調べで書く.佐賀少年刑務所.
  • 2002/07/02 吉野さん殺害で2日起訴 北方事件の松江容疑者
    佐賀県北方町の山林で1989年1月、女性3人が他殺体で発見された「北方事件」で、佐賀地検は1日、工員吉野タツ代さん=当時(37)、北方町大崎=を殺害したとして、殺人罪で松江輝彦容疑者(39)を、拘置期限の2日に起訴する方針を固めた。  また、同じ場所で遺体が発見された、料亭従業員藤瀬澄子さん=当時(48)、同県武雄市武雄町=殺害事件の殺人罪の公訴時効(15年)が8日午前零時に迫っているため、県警大町署捜査本部と佐賀地検は、立件方針について詰めの協議を進めている。  これまでの調べによると、松江容疑者は89年1月25日午後8時半ごろ、北方町付近に停車した改造軽トラック内で吉野さんの首を絞めて窒息死させたとされる。
No失踪日氏名(歳)職業住所遺体発見日発見場所
175/08/27(水)山崎十三子(12)中1杵島郡北方町80/06/27白石町須古小学校プール横トイレ便槽
280/04/12(土)百武律子(20)ウエイトレス杵島郡白石町80/06/24白石町須古小学校北側校舎トイレ便槽
381/10/07(水)池上千鶴子(27)縫製工場R杵島郡白石町81/10/21三養其郡中原町の空き地
482/02/17(水)A子ちゃん(11)小5(暴行跡)三養其郡北茂安町82/02/18三養其郡北茂安町のミカン畑
587/07/08(水)藤瀬澄子(48)料亭従業員武雄市89/01/27白骨北方町大峠崖下
688/12/07(水)中島清美(50)主婦杵島郡北方町89/01/27腐乱北方町大峠崖下
789/01/25(水)吉野タツ代(37)縫製工場「R」杵島郡北方町89/01/27北方町大峠崖下
  • 1--4は時効成立
  • (1+2)同一犯+(3+4)同一犯<<<<(1+2+3+4)同一犯<<(1--7)同一犯
  • because, 2+4幼児→1+2+3+4同一犯∋狢琉箚現場・方法が同じグループ連結←女に男が群がっている様子がよくわかる.覚醒剤使用者の被告に罪を負わせようと同じ遺棄場所を選んでいたとしたら... この炭坑町には性交に適した若い女がいないんだろうな.
  • 地裁判決は立派だと思うよ、やってたとしても「犯罪の証明」を警察・検察はしていない.そんな仲間と一緒になって「死刑判決」でもだせば、ただの「人殺し」になってしまうから.
    • 前記七事件を一体と考えると、クラブ通いができる小金持ちで、幼児姦嗜好者で、地域の女を全部モノにしようとしていたクレスタ乗りが「真犯人」.クラブ「K」の常連客リスト、*4話はそれからだ.真犯人は地域になじみ世話役か役をもっている.覚醒剤売人のしきり屋周辺、表面カタギ、覚醒剤買人の素性、つきあってるセクフレ、つまり自分もやれる女、なども知っていたのではないか.
  • 逮捕当時刑事部長=糸山繁登(63)/佐賀県本部長=船本肇=現東京都理事(治安対策推進担当)---こんなのが治安担当じゃ、きっと東京の治安はよくなっただろう???
  • 覚醒剤で判決確定、併合罪ならず、「一人殺人」で無期、「二人殺人」で死刑狙い(新倉英樹次席検事)???・・・最初から「死刑」判決は無理だと確信しているおろかさ.
  • 1989年(平成元年)2月3日、7人目の遺体が発見されてから1週間ほど経ったこの日、警察庁は重大な関心を寄せ、警察庁刑事局の広瀬権(はかる)捜査1課長(当時)が現場の視察.
  • www.saga-s.co.jp遺体発見から九カ月たった八九年十月、県警は別の覚せい剤事件で逮捕していた松江被告の取り調べを開始した。松江被告は、いったん殺害を認める上申書を書いたが、「捜査員に誘導された」と全面否認に転じた。県警はこの時点では、立件を断念している。  藤瀬さんの殺人の時効を一カ月後に控えた二〇〇二年六月、県警は松江被告の逮捕に踏み切った。新たな物的証拠の発見もなく、なぜ事件発生から十三年もたって逮捕に踏み切ったのか。  一つは時代の流れで、裁判の在り方が変化してきたことにある。和歌山カレー事件などに見られるように、自白がなく状況証拠だけでも有罪とする司法判断が出てきたからだ。カレー事件と比べれば、本件は自白上申書もある。  もう一つは科学技術の進歩でDNA鑑定能力が格段に上がったことによる。吉野さんの着衣に付いた唾液(だえき)のDNAが、被告のDNAと一致していることが証明された。  しかし、昨年九月の公判で、検察側が立証の最大のよりどころとしていた自白上申書は証拠不採用となった。「任意取り調べでありながら、黙秘権の告知・説明が十分にされていない」「平均十二時間半の長時間の取り調べが連続して十七日間も行われた」などが理由だ。  DNA鑑定に関しては、「松江被告は吉野さんと交際があり、殺害当日は会っていないが、前日に会っており、DNAが一致しても当然だ」と弁護側は主張していた。検察側が提出した証拠はことごとく否定された。
    • ............
  • 07/03/19 [福岡高裁無罪判決]自白上申書:「違法性の高い取り調べによって収集された上申書には、証拠能力は認められない」。「この程度の証拠で、有罪とすることは刑事裁判の鉄則に照らしてできない」。長年はやった刑事記載署名のみ被疑者の「上申書」ブームに裁判所もあきたか。今度も捜査は適法に行われたのだから被害者の代理人検察は是非上告し何度も再審請求して歴代定年まで個別に受け継ぎ、恥の上塗りをさけていただきたい。→被害者の写真も勝訴の日まで役所の部屋に貼っておくべきだろう。
    k.jpg
  • 検察と裁判所の懇親会をもっと積極的に行って書類は全部通し無罪判決を出さないように頼んでおいたらどうだろう。もともと同じ機関が進駐軍によって二つに分けられたにすぎず、他は自白捜査など何の変更もなくやってきたのだから。
  • あきた、秋田、勉強あきた裁判官。秋田もなにもついに、国民にやらせようというわけだ。
  • 裁判官もよく福岡高検の出した精度ゼロのミトコンドリアDNA鑑定書にひっかからなかったなぁ...ベタベタ角印押した「鑑定書」を素人「裁判員」に見せたらどうなっていたか。。。地団駄踏んでくやしがり、おおありがたや鑑定書。。。

■参考<変更・移転にご注意>明確性なし...「佐賀のがばいばあちゃん」どころでないわぃ

  • 杵島郡北方町大峠 - 現:佐賀県武雄市北方町大字志久...
  • 白石町須古小学校 - 現:佐賀県杵島郡白石町大字堤1463番地...
  • 佐賀県三養其郡北茂安町 - 2005/03/01-[合併変更]佐賀県三養基郡みやき町.池上千鶴子さん(27)遺体発見空地+A子ちゃん遺体発見ミカン畑がある


*1 アオモジ:クスノキ科の仲間。樹皮は青 みを帯び、香気がある。同じ科に属するクロモジ(黒文字)と共に楊子の材料にされる。多良山系の中腹から海 岸近くの雑木林まで広く分布している。林が伐採されると最初に発芽してくる緑のパイオニア。ショウガノキ 、トウゴシュ、仏さんバナ、卒業バナともよばれる。花芽を揉むとショウガの臭い。
*2 山崎十三子の母親と藤瀬澄子とは小学校と中学校の同級生だそう
*3 容疑者松江輝彦が当時26歳くらいであることに注意
*4 山崎十三子の母親と百武律子の母親は時期は重なっていないが、白石町のクラブ「K」に勤めていたことがある。
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