事件を見にゆく / 梅川昭美事件
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梅川昭美事件

 
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  • 三菱銀行北畠支店行員人質事件のこと..大阪市三菱銀行北畠支店に猟銃を持った男が押し入り、行員2名と警官2名を射殺、42時間にわたり篭城、部隊は犯人を射殺し人質25人を解放.
  • 「ニュースじゃ、えらい威勢のいいこと、言うとるな。強行突破する気か? でけるもんならやってみい。仏さんがゴロゴロ転がるでえ。それはそれとして、名前が違うとる。ラジオで言う俺の名前はテルミや。俺はテルミやない。アキヨシいうんや。よう調べてから放送せい」(6:15 差し入れされたラジオを聞いて)
  • 1979/10/15 大蔵成行著「危機管理/三菱銀行と猟銃人質事件の真実」*
  • 1980 昭和55(1980)年4月号「小説宝石」飯干晃一「42時間の独裁者」*
  • 1979/04-05 週刊現代 大歳成行のルポルタージュ
  • 1996 『三菱銀行人質強殺事件』(現代教養文庫/福田洋)
  • 1997 『破滅 梅川昭美の三十年』(幻冬社アウトロー文庫/毎日新聞社会部編)
  • 1997 『戦慄 昭和・平成裏面史の光芒』(新潮社/麻生幾)

経緯

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  • 1979年(昭和54年)1月26日午後2時30分、大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店に、猟銃をもった梅川昭美(当時30歳)が猟銃を一発撃ちながら乱入.
  • 行内のカウンターで「金を出せ、出さんと殺すぞ。10、数えるうちに5000万円出せ」と要求。これを見た行員の萩尾博さん(当時20歳)は警察への非常電話に手をかけた途端、梅川は躊躇することなく猟銃を撃ち射殺.
  • 梅川は持参したナップザックをカウンターに投げ、金を入れるように再度要求。女性行員がナップザックに現金を入れているところを巡回中の住吉署の楠本正己警部補(当時52歳)が拳銃をふりかざして飛び込んでくるや、これも躊躇することなく射殺した。さらにやや遅れて駆けつけた阿倍野署の前畠和明巡査(当時29歳)も射殺して銀行内には3人の死体が横たわった.
  • はねっかえり警官(客に聞いて銀行に飛び込んでしまった)二名が事態を最悪にしていった...
    • 男子行員11人、女性行員20人、客男女9人全員を人質にして整列させる。梅川は「支店長は誰や」と叫び、支店長が一歩前に出ると「なんですぐ金を出さんかったか、こうなったのはお前のせいや」と言って森岡浩司支店長(当時47歳)を平然と射殺.
    • 身重の女性と子供は解放.
  • 篭城から42時間後の25日午前8時41分、シャッターの隙間から大阪府警の「特殊部隊」ら警官隊33人がなだれ込み梅川を射殺.
  • 午前8時42分、SATの7人はバリケード代わりのキャビネットの隙間から梅川に向かって突進した。「伏せろ」7人のうち何人かが叫ぶ。ハッとして頭をあげる梅川。右手で拳銃をつかみ、撃鉄を起こそうとあせる。梅川から7、8メートルの距離で、6丁の拳銃を一斉に発射させた。 梅川の右首付近から鮮血が噴出し、椅子から崩れ落ちた。特殊部隊は死亡したと思い、顔面に白いハンカチをかぶせ手を合わせたが、梅川はうなり声をあげた。まだ、生きていたのだ。 大阪警察病院へ急送されるが、弾丸の摘出手術に入ったとき、すでに絶命していた。8発の発射のうち、3発が頭、首、胸に命中していた。こうして、42時間の惨劇は終わった。 だが、梅川の脳波は微かに動いていた。人工呼吸と2600ccにのぼる輸血が行われたが、意識は回復しなかった。手術室の片隅で、梅川の母親の静子は小さな背をすぼめ、人目をはばかるように立っていた。「私だけは最後まであの子の味方でいてやりたかった・・・」とポツリとつぶやいた。 午後5時43分、脳波の動きを止めた。

梅川の生い立ち

  • 1949(昭和24年)に広島県大竹市「三菱レイヨン社宅」で出生
  • 工業高校を1年で退学.窃盗など非行の常習犯
  • 思いあまった両親は梅川と3人で香川県に引越.その後家出
  • 15歳の時、以前アルバイトした土建業宅に強盗目的で侵入し家人の若妻(当時23歳)を殺害
  • 山口の特別少年院.退院後、バーテンや飲み代の取り立てなどを生業としていたが、30歳の誕生日を前にして「俺もおふくろを心配させたらあかん年齢や」と一旗上げると意気込んだが、それが「銀行強盗だった」
    • 事件後、捜査官が梅川の部屋へ家宅捜査した際、六法全書、経営学、医学などの書籍が600冊

う わ さ

  • 1982/06/05 TATTOO<刺青>あり  監督:高橋伴明 国際放映=ATG=橋プロ
CAST
竹田明夫:宇崎竜童/ 三千代:関根恵子/ 竹田貞子:渡辺美佐子/ 島田照也:矢吹二朗/ 美代子:太田あや子/ サト子:忍海よし子/ 佐藤:下元史朗/ 鳴海清:山路和弘/ 刺青師:泉谷しげる/ 検死官:荻島真一/ 書店の親父:原田芳雄/ 電気屋の社長:植木等/ クレー射撃場の客:西川のりお/ クレー射撃場の客:上方よしお/ キャバレー店主:ポール牧/ 早苗:風間舞子/ キャバレーのウェイター:趙方豪/ フェリー発着場の酔っ払い:大杉漣/ 刑事:椙山拳一郎/ 刑事:田村貫/ 刑事:坂田祥一郎/ 巡査:今泉洋/ 巡査:加藤益弘/ バーのホステス:秋元めぐみ/ 三千代の父:垂水悟郎/ 三千代の母:青木和子/ 高木:内山森彦/ 男:野上正義/ 明夫の父:武藤英司/ 明夫の少年時代:島貫晃/ バーの客:戸井十月/ 中年の婦人:西岡慶子/ 電気屋の店員:北野誠/
  • 昭和54年1月、大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店内で48時間に渡り多くの人質を監禁し、男子行員の耳を同僚男子行員に切らせたり、20人近くの女子行員を全裸にさせて「ソドムの市」を気取った犯人・梅川の悪の所業は当時の日本社会を震撼させた.事件以前の梅川(?)の事しか描かれていない. 体操とは別だけど、女子行員達を全裸にしたあと、梅川は18人の女子行員達を横一列に並べ、立ったまま後ろ向きにさせて「身体を前に倒せ。ケツを見せるんや」と命令したそうだ。命の恐怖に怯える女子行員達は、言われるがままに梅川に向かって尻を突き出したという。梅川はニヤリと笑って「18人の女子行員の裸を点検して回った」と、昭和55年4月号の「小説宝石」に掲載された、故・飯干晃一氏の小説「42時間の独裁者」に書かれている。
  • 他にも当時の週刊誌は梅川は下っ腹のでた中年行員と美人行員をディスクの上で性交させた。(まな板ショー)とか書いてたな。しかし、ソースとなると記憶にない。その時点でそんな生々しいことを証言する奴はいないんじゃないか。
  • 北畠支店の女子行員のほとんどは25歳以下で、40歳の女性が一人だけいたが、 20人中「服を脱がなくていい」と梅川に言われたのは若い女子行員二人だけ。一一人は「(梅川と同じ)片親だから」という理由で、もう一人は、梅川の気まぐれだったらしい。事件解決後、この「裸にならなかった」女子行員二人だけがTVカメラの前で顔を見せて記者会見をしたが、言っちゃ悪いけど、さすがに梅川が全裸にしなかっただけあって、お世辞にも美人とは言えない顔だったな(笑)。
  • 『微笑』昭和52年2月24日号p.32〜33より抜粋。
    『梅川は死角になるトイレの使用を禁止して、カウンターの陰で用を足させていたが、ときには、女子行員に向かって、 「オレの前でセエ」とか、 「隠すんじゃない」  さらに、銃口で女子行員のからだをつっついたりもしたらしい。』(原文ママ)
  • アサヒ芸能s54.2.15号 p.17より抜粋
    「人質を裸にしてから約二十四時間後の二十七日夕方、梅川はようやく衣服の着用を 許した。 暖房機の故障で室内の温度が下がってきたためだが、その間、前述したような梅川の 暴虐は断続的につづいていたらしい。 床に放置されたままの警察官の遺体に、放尿するよう、人質に命じてみたり、(さすがに実行するものはなかった)、一説には、全裸の男女一組に性行為を強要したともいわれている。」
  • 「脱げ」 男は女子行員に命令した。この男がなにを企図しているのか、若い女子行員たちはもちろん、 男子行員たちにもはかりかねた。ただこの男に少しでも反抗したり、逆らうと、上下二連の ショットガンが即座に火を吹くことだけは、だれにもわかっていた。
  • 三菱銀行の女子行員は、白いブラウスの上に焦げ茶のベスト、同色のスカートというのが、 この季節のユニフォームである。男の銃口に見すえられたまま、十八人の女子行員は焦げ茶の ベストを、まず脱いだ。片親の電話係の女子行員と、男の世話係に指名された女子行員の二人は、 脱ぐことを強制されなかった。
  • ベストの次にスカートを脱いだ。それを一枚ずつきちんとたたみ、足元に重ねた。 「それから・・・・・・」 人質となったある主婦は、とぎれとぎれの忌まわしい記憶を、重い口調で語った。 それをまとめ、つなぎ合わせると、以下のような順序となる。 「みんなが嫌がっていましたが、でも、一人が脱ぎだしたら、ほとんどみんな同じ動作で 脱ぎだしました。ベストとスカートを脱いで、若い子が『これもですか』と聞いたら、犯人は 『そうや。裸になるんや』と命令しました。ブラウスを脱いで、ゆっくりとたたみました。 私、それでええのやろ思うてましたら、『それもや』でしょ。びっくりしてしもうて、ほんま。 いまの若い子、スリップなんか着てる子いないから、パンストとガードルとったら、 もうブラジャーとパンティだけですわね。それで、女の子たちは、かぼそく、かすれたような声で 『これも脱ぐんですか』と聞いてました。パンストを脱いだため、みんな裸足なんです、そのときは。 犯人は『おまえら、死にたいんか』というた。女の子たちは、仕方なくブラジャーからとり、下を向いて、 またていねいにたたみ、きれいに重ねていきました。ゆっくり、ゆっくり、みんないっしょにやってました。 それに気づいた犯人は『さっさと脱げ』と怒鳴りました。そのあとは、一斉にパンティも取って、 かわいそうにスッポンポンです。もう私なんか気の毒で見ていられん感じでした」   大蔵成行著「危機管理 三菱銀行と猟銃人質事件の真実」(1979年 グリーンアロー・ブックス社刊)より抜粋
  • 「犯人は耳を切らせるときも、女の行員さんの脚を開かせていたずらしたり、鉄砲の先で胸をつついたり、 ほんま、口ではよういわれんようなことばかりしてた。かわいそうに、女の子はされるままでした。 そのあと、男の人を裸にさせて『おまえら、こっちへ来い』と命じつけ、なんや知らん命じました。 女の子はイヤーッいうて泣き出し、『私・・・・・・できません。私、できません』と叫ぶんですが、犯人は 『おまえ、死にたいんか』いうて・・・・・・。むごい男ですわ。人間やない。女の子が泣いてしゃくりあげてるのに、 男の人に向かって、しつこく『おまえ、なにしとるんや。はよせんか』と強制してた。 うちら、そのあとはよう見とらんかったです。あの男、人間やないです」(人質の女性B子) 大蔵成行著「危機管理/三菱銀行と猟銃人質事件の真実」
  • 支店長席の両肘付きの椅子に座り込んだ男は、裸の女子行員たちを一列に整列させていた。 彼女たちは両手で前を隠し、うなだれて立っていた。この段階ですでに、女子行員たちの “三菱銀行員”としての誇りも、人間としての自尊心も、消え去っていたに違いない。 男は、哀れな白い裸体の列のなかから三人を抜き出して、支店長のデスクの横に並ばせた。 人質たちの集団と、男との距離は六、七メートルあった。男は、うそぶいた。 「あっち向いて、机の上に手を置くんや」 生命の危険にさらされている三人の若い女たちは、おびえながらいわれるとおりに せざるを得なかった。逆らうすべもない。三人は、男に背中を向けて立った。 男はその背後で、椅子に座っていた。 「体を前に倒すんや」 第三者の目がその場になかったとしても、きわめて屈辱的な姿勢であった。ところが、 いまはつい三十分前まで机を並べていた同僚や先輩、それに男たちまでいる。 見ず知らずの男たちの前でさせられるよりも、はるかに深く心に傷つけられる行為であった。 だが、その三人の女子行員はもとより、男子行員も客たちも、なにもいわず、どんな行動もとれなかった。 勇気の問題を越えていた。十二番口径の暗い二つの銃口が無抵抗を強いるのだ。 冷たい金属性の光を放つショットガンが、絶えまなく人質たちの顔前をよぎっていく。 「いま覚えているのは、犯人の顔が異様に白かったことだけです」(人質の女性C子) 目がどう動いているのかは、濃いサングラスにさえぎられて判別できなかった。 そのことが、よけい人質たちの恐怖をつのらせた。男のショット・ガン『ニッサンミロクMODEL1800SW』の 銃身が、まるで生き物のように動き、白い丘にすべり込んでいった・・・・・・。
  • 梅川は北畠支店に篭城中、自分の住んでいるマンション一階にある喫茶店のマスターに電話している。 その中で梅川は、「テレビや新聞で知ってるやろ。いま銀行におるんや。目の前の女の子たち、 みんなスッポンポンやで。マスターにも拝ませてやりたいわ」と話したと言う。
  • 何度か登場しているけど、麻生幾・著「封印されていた文書」によれば、梅川銃撃の際、 突入捜査員が最初に発した言葉の一つが「服を着てへんもんは早く着せ!」だったそうだ。 最近まで、強行突入時には「人質の女子行員全員が服を着ていた」と信じられていたが、 実際はそうではなかった事が大阪府警の「実況検分調書」によって明らかになった訳だ。 しかし、梅川は事件発生から2日目の1月27日午後1時頃、全裸女子行員のうちの七名に 「衣服を着ることを許した」が、「だがまだ十名の女性が屈辱的な恰好を晒したままだった」 ("封印されていた文書"より)ということ。この十人が最後まで全裸にされていた女子行員達だろう。 ちなみに、梅川の母親は、梅川が女子行員の一部に着衣を許す数時間前の27日午前10時半頃現場に 到着したというから、母親からの手紙で、一部の女子行員に着衣を許す気になったというのは本当かも。
  • 午前9時38分、朝刊が差し入れられた。 捜査本部は最後の切り札を出した。香川からヘリコプターで到着した梅川の母親の静子(当時73歳)だ。支店の西側階段をのぼり、2階の捜査本部に入った。捜査員の1人が受話器を取り上げ1階につないだ.
  • 午前10時10分、梅川は全員に服を着る許可
  • 午前11時48分 ビール差し入れの見返りとして、25歳の主婦を解放
  • 全裸女子行員関連記事
  • 週刊明星79年2月11日号
  • 女性セブン79年2月15日号(見出しに「全裸」「屈辱」の文字が躍る)
  • アサヒ芸能79年2月15日号
  • 週刊微笑79年2月24日号 (見出しに「全裸」「ワイセツ行為」の文字が躍る)
  • アサヒ芸能79年3月29日号(飯干晃一「凶悪の42時間」)
  • 女性自身79年10月18日号
  • 週刊読売85年2月10日号
  • 832 ○○○ New! 02/09/28 04:08
    すべてのレスを読みましたが、どこにも書かれていないネタがあります。 事件当時の店の中の様子は録音されていました。 その中に行員同士に性交を強要する梅川の声が入っています。 もちろん性交の最中の音声も録音されています。 性交させられた男子行員・女子行員とも生還しています。 このテープは、三菱TFGの特殊株主を含むグループが持っています。 当然マスターテープはコピーされているので、総会屋気取りの小物でも持っています。 ここのスレを見ている人には垂涎ものでしょうが、一般ではあまりウケル物ではないようです。 録音方法については定かではありませんが、当時の状況を考えると大阪府警が録音したとしか考えられません。 マスターテープが府警から持ち出されるとは考えにくいので、捜査4課の下っ端あたりからコピーが流出したと推測されます。
  • 『週刊読売』'85年2月10日号より抜粋です。 【死体を焼けば暖かくなるぞ】 北畠支店係員 ○○明子(19) 「現場の惨状は地獄絵図さながらだった。竹内さんの切り取られた耳を知らずに踏んだとき、思わず身震いした。  それにも増して服を脱いだ私たちが『寒い』というと、『寒かったら一発ぶち込んでやる』『死体を焼いたら暖かくなるぞ』と言い、火のついたままのたばこの吸い殻、マッチを私たちに投げつけたり、<ソドムの市>と言う映画の残虐なストーリーを話し、『オレを悪魔と言え、鬼と言え』と放言、一人喜悦しているのを見て、犯人は人間なのか悪魔なのか判断しかねた。  犯人は『女も殺さないとしめしがつかん。オレはかわいそうとか、同情とか、 そんな感情は一切持っていない』と言い、『オレは小さいころ、叔父さんという 人に育てられ、ひどい仕打ちを受けた。十五歳のとき人を殺したが、たった一年 くらいで刑務所を出た』と自慢するのを聞き、殺人をして一年で出られる日本の 法律を本当だろうかと疑った」(23ページ上段を女子行員プロフィール以外は原文ママ)
  • 『週刊読売』'85年2月10日号 【私が一番初めに...】 北畠支店係員 ○○紀久美(19) 「犯人は支店長席を占領したあと、わたしを電話当番に指名、犯人右側の課長席の前に座らされた。○○滋子さん以下十九名が猟銃で脅されて服を脱がされたが、私には『猟銃で撃ったら血が飛び散るから、おまえは服を着ておれ』と命令したので、女子行員の中では、私が一番最初に殺されるかと思った。外部からの電話もよくかかってきた。ほとんどは私たちに対する激励と 見舞いの電話だったが、中には私たちの心を傷つけるような、いたずら電話もあった。犯人は<ソドムの市>の映画のストーリーを一方的に語り、思いのままになる人質の上に君臨する帝王であった。二十七日午前四時ごろ、犯人の許しを得て自宅に電話したところ、母が出てくれたが、この母の声を聞くのもこれが最後かと思うと、目があつくなった。二日目の朝、ラジオ、ビールの差し入れが遅れたとき、犯人に猟銃を突きつけられて、『早く入れるよう電話しろ』と脅されたときは、本当に殺されると思い必死で電話した. 犯人逮捕のとき、私と○○さん、○○さんの三人が犯人の面前東側の椅子に 人質となっていたが、警官隊の発砲によって犯人が左コメカミのあたりから血を流して、滑り落ちるように椅子から沈み落ちていくのを見た瞬間、『助かった』と思った。」 (23ページ上段を女子行員プロフィール以外は原文ママ)
  • 『アサヒ芸能』1979年2月15日号、P16〜17より抜粋 《切った耳をかじり『まずいわ』》 果敢にも、その”現場写真”を盗み見てきた、社会部記者の一人がいう。 「ぜんぶで百枚から二百枚くらいありますよ。チラッと見ただけですけど、  全裸の人質たちのさまざまな姿が映っていましたね。のぞき穴のひとつは、キャッシュコーナーの部分なんですが、じつは、このキャッシュコーナーとカウンターのあいだの床は、犯人が、人質たちの”臨時トイレ”に指定したところでしてね、人質たちが床に用を足している構図も、何枚かありました。 とにかく、裸の写真は、まさに地獄絵ですよ」(原文ママ)
  • アサヒ芸能S54.3.29号 三菱銀行猟銃人質事件 飯干 晃一
      梅川 昭美 「凶悪の42時間」 p.71より一部抜粋(原文ママ)
    「くそったれめ!」  梅川昭美はうめき、彼の挫折感は突如として銃を手にした密室の独裁者の残虐性へと急変した。  彼は突然に命令した。 「おまえら行員は全員ハダカになれ!」  この残酷な命令に倒れそうになる女子行員もいた。  (中略)  やむなく行員たちは、全裸となった。 「みんな一列に並べ!」  女子行員たちは梅川昭美の前に並んだ。 「次はうしろ向きになれ」  梅川昭美は次々と命令した。 「さぁ、ケツをみせろ。みんな身体を前へ倒せ」  密室の独裁者は慄える女子行員たちのハダカをみることに堪能した。  ことに美人の三人の女子行員を選んで、 「こっちにこい」  と呼びよせ、近くに並ばせ、梅川昭美は猟銃の銃口で、彼女らの乳房や臀を突っついて、残酷なたのしみに耽った。  誰一人として、梅川昭美に逆らうことはできなかった。殺すという彼女の言葉はオドシでないことはあきらかであった。
  • 篭城中の北畠支店内を大阪府警が盗聴(?)していたという話があったが、 マンガの「こちら大阪社会部4」(画/大島やすいち・作/大谷昭宏)によると、 「北畠支店2階の流しの下水管を使って、超小型マイクが1階の炊事場まで降ろされた」という。
  • 女子行員は十九歳から四十歳まで、計十八人いた。  四十歳はただ一人で、残りは全員が二十五歳以下、その大半が未婚である。それが同じ職場の男性社員と客の 面前で、裸にされた。  日本の犯罪史上、これだけ多くの人質を裸にして、人間の尊厳を踏みにじった犯罪者は、見当たらない。その 意味で、この人質強盗事件はすでにして日本的精神風土になじんでいないのだが、男は以後、さらに暴走していく。  支店長席の両肘付きの椅子に座り込んだ男は、裸の女子行員を一列に整列させた。この段階で、すでに女子行員 から「三菱銀行行員」の誇りはなくなっていただろう。その中から、三人を選んで支店長席の前に並ばせた。  そして、うそぶいた。  「あっち向いて、机に手を置くんや」  命の不安にかられた三人の若い女たちは、おびえながらいわれるとおりにした。  「体を前に倒すんや」  臀部が男の目の前に、突き出された。つい先刻まで机をならべていた同僚の前で、こうしたをさせられた彼女たちに とっては、見ず知らずの男たちの前でさせられるよりも、はるかに傷つく行為である。しかし、その三人はいうにおよばず、 男子行員も客たちも、何も言わず、どんな行動もとれなかった。 (週刊現代/三菱銀行と猟銃強盗事件の真実【第二回】/大歳成行と特別取材班 p.62〜63より 原文ママ)
  • 梅川の異常さは、ただ脱がせただけではなかった。ブラウスからブラジャー、パンティに至るまで、ストリップを観るがごとく、じりじりと楽しむように服の脱ぎ方の順番までも梅川は指示した。「封印されていた文書」より
  • 「梅川昭美は十五歳の時、アルバイト先の若妻を包丁の刃先が折れるほどメッタ刺しにして金品を盗み、強盗殺人を犯し(理由は、『邪魔だから殺した』)、少年院へ。その後、脱走を試みて失敗し、特別少年院へ移されました。にも拘らず、「少年だから」という理由だけで一年半で仮退院しています。今、少年法の問題や、凶悪犯罪者の情報公開が議論されていますが、この事件を検証し直してみるのもいいのではないでしょうか?」
  • M銀行人質事件 
    • この事件は1979年に起こりました。 M銀行のある支店に一人の銀行強盗が押し入り、行員と客を人質にとって丸2日間に渡って籠城を続けた挙げ句、警官隊に射殺されたという事件です。 人質のうち、女子行員約20名は、犯人の前に並ばされ、銃をつきつけられて着衣を全部脱ぐように命じられました。女子行員たちは命惜しさから、命じられるままに着衣をとりました。  こうして、19歳から24歳くらいの若い女子行員たちは全裸にさせられてしまったのです。  女子行員たちは、マッパダカで犯人の前に一列に整列させられ、一人ずつ順番に恥ずかしい身体検査を受診させられました。全員、からだの隅々までくまなく調べられます。穴の中まで検査されるのです。  全裸女子行員たちは犯人に「おっぱいをみせろ」「お尻を見せろ」などと命令され、そのとおりにしたそうです。犯人は全裸女子行員のおっぱいやお尻を両手で思いのままに撫で回し、からだの匂いをかいだりして楽しんだそうです。  さらに、女子行員たちは二人ずつ机の上に四つん這いにさせられ、腰を高く突き出して、犯人に向かってお尻をいっぱいにひろげて性器とお尻の穴を丸出しにさせられ、犯人は目の前に突き出されたお尻をなで回したり、軽く叩いたり、匂いをかいでからかったりした後、指で性器とお尻の穴をつついたりくすぐったりしたそうです。   また、女子行員たちはトイレを使うことを禁止され、床の上でおしっこをしなければなりません。  女子行員たちは数人ずつ床にしゃがんで、全裸でおしっこをさせられたのです。おしっこが床にはねる音やおならの音があたりに響き渡ったそうです。  それから、「全裸体操」。犯人は女子行員たちにすっぱだかで体操をするように命令しました。  全裸女子行員たちは犯人と対面する形で整列し、犯人の号令に従ってからだをひらき、延々と全裸体操をされられたのです。飛んだり跳ねたりはもちろん、からだをのけぞらせたり、両手を腰に当てて両足を大きく開き、踵をあげて膝を曲げ、「がにまた」にさせられるなど、恥ずかしいポーズをとらされたそうです。  犯人は体操を続ける全裸女子行員たちのからだがくねり、おっぱいが揺れる様子を観賞して楽しんでいたそうです。

類似事件

 
  • 07/05/17愛知県長久手町拳銃立てこもり事件 警職法には「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」「民事不介入」原則があるが、セクハラだのドメスティック・バイオレンスだのの法改正で本来「ひきこもる」家に警官が入れるようになった.今回も未熟な介入で拳銃発射となり重大事件に変化した. 梅川昭美事件などで警官の説得とかいうタメ口を聞くと身が凍る.「ヤクザ」「子供」の扱い方を知らない捜査官はまずい...オイコラが通用しない場合がある.刑事部長と捜査一課長が暴力団と知り合いデカをもっているかどうかが大きな岐路になる.市民の陳情を無視してとぼける「いつもの、聞き覚えのある」乱暴な応対を聞いていると彼らが思い通りにならず明確な殺意をもって犯人を射殺しているのがわかる...これだと一部始終を伝えるマスコミが本当に邪魔になるはずだ.人間の血の温みを感じない現場から離れている特殊部隊を使いたい連中の指示は容易に想像がつくが、今回現場の犯人の血の温みを感じている連中の対応はどうだっただろう.「【SAT*1隊員射殺】愛知県長久手町 拳銃立てこもり事件」で「人質より身内の安全」で介入拒否してるのに心情丸腰で出向いたわけで、警部クラスの差し向けならわかるがノコノコ一人で熟練元夫婦喧嘩の仲裁*2で行って大失敗中のわけだからそのまま寝せときゃいいのに「一部おとり突入命令」を出された新米巡査部長*3が「見事」犯人に射殺(21:23 死亡時間は病院で若干の調整)された日.現場を把握できない他人以前に自分の人生の危機管理ができない「はねっかえり」二名が撃たれたで決着するだろう.
  • 「景観」の能力は自分の頭で考えたことが比較的答案と作文に出やすい高校時代の成績で判断できるとよくいわれるが「景観学校」成績1位とかいらぬお世話だろう.「1番でこの程度か」と49日が過ぎれば必ずいわれる...学校の成績が悪くても現場ではちゃんと仕事ができている人は多い.前の景観がクビ(腹・フジ報道あり)をうたれてるというのにまたまた「尻を隠してクビをさらして」突入してるわけだ.宴会コンパニオンと同様、巡査・機動隊・SATの複数登録の形跡、政府は命令遵守「機動隊巡査」(莫大な遺族年金満額終身支給・二階級特進)として葬ることに決めたようだ.死線をくぐりぬけ生還した太平洋戦争の従軍者はジュラルミン隙間だらけのへっぴり腰カニさんSATのあまりのバカバカしさに「あんなに予算をとったのにどんな教育をしてたんだ」とテレビも消してしまった.大谷ハンが「応射しろ」といっていたらしいが、人質を窓際に出されると元も子もなくなるからできない.佐々ハンも倒れている警官にも人権があると放棄したことを抗議してTVで叫んでいたらしいが、そもそも浅間山荘事件の巡査を殺した失敗警備責任者だから二度とつかえず置き場所のなかった人だ.つたない自分の指揮で部下を殺してしまったトラウマはわかるがOBなら元の仲間への見当はずれ、熟慮なしの批判をマスコミでいうべきではない. この事件では当初、「警官一名が人質」と報道されていたが、その後「元妻」「姉妹の母親」とか人質一名報道に騙されていった.一撃で殺害できる位置に横たわっていた警官こそが相手の支配下にいる「人質」そのものということがよくわかっていないのだ.彼らテレビのいいたがりの上司は詰め腹をきらされたし、そんな時は愚鈍の現場指揮者を部下をもった上司に同期の仲間はこういったものだ...「お前も立派な部下をもってしあわせだったなぁ」. どっちにしろ、巡査部長の件は、恥ずかしくてたまらない殉死である.そういえば機動隊にしても深夜コンビニの前の現れる現代の若者のように群れをなしての「ウンコ座り」も放映されていた.元ヤクザにしろこういった特殊任務を帯びて活動している特殊工作員が市民と同じアパートに妻子と一緒に一般人のふりをして生活していることがわかった.市民には最も危険なこと(最初のテロ攻撃施設となる)が身近にあったわけでどんなことがあっても今回の加害者被害者と関わりのないように遠ざけ遠く離れて生活すること...汝隣人には気をつけろという教訓は市民の側に多くのこった.
  • SITも投入されてた...このヘッピリ腰の連中を本当にテロ対策でつかえると思っているのだろうか.人質もこんな景観にいやけがさしたのか電話で急がしいとうちゃんを尻目にさっさと自分で用を足した後、外へ出てきて解決(5/18 14:51)というオチがつく.
  • (現場を知らない)県警の現地対策本部(大多数の2チャンネラ同様報復感情丸出しで)この捜査員に「外に出てこない なら電話にも出るな。交渉を打ち切れ」(東京新聞4/19)と22:00突入体制になっていたが、犯人の人となりを知ってともに同じ共同体に住んでいる末端警官は(多くの暴力団対策の刑事はそうである)は投降させようとしていた.
  • 役者が一枚上の一瞬ナベサダかと見まがう「大林容疑者は(捜査員が電話を取れなくなったので)一一〇番に(市民の当然の要求、「梅川昭美事件」や「瀬戸内海ぷりんす号シージャック事件」でのお得意の解決方法を熟知しているから、命の安全を要請し...本来地検や信頼できるマスコミにすべきだが...)電話をし始めたという。一一〇番は四度あり、「外に出て行くから突入しないでくれ。撃たないでくれ」と懇願」(東京新聞4/19)し思い切り「まぬけ」のふりをして出てきたわけだ.この千両役者、ヤクザも手を焼いてお引き取りねがったという理由がよくわかる.我ら勇猛な対テロ隊員はビニール袋*4におびえ、おっかながり2.30分も飛びつけない様.赤信号をみんなで渡れば怖くない・・・とばかり「安全」と判断して怒濤の如く(テロ突入ではありえない)全員同一行動する始末であった.なんか入学式に合わせて衣装とランドセルをあわてて揃えたピカピカの一年生の本番前のリハーサルを見せられているようであった.
 
  • 1970/05/12瀬戸内海ぷりんす号シージャック事件 setonaikai ship hijac/これなんかも心臓を狙った男(41)が殺人罪で弁護士(下坂浩介、入江五郎)に告発されていたが、地検は「正当防衛」「正当行為」で逃がした.その結果、「日本の事件では、犯人が銃器等で武装している場合でも、なかなか射撃命令が下されなくなり」なとどうがった見方をするものも現れたが、地検が冷や汗をかいて「正当行為で不起訴処分」といってお墨付きを与えたのだから、警察がひるむ必要はないだろう.これまでも反省などしていないしその後、射殺命令を出さないことになったのなら職場放棄・法令違反である. 狙撃者をはじめ彼らはもともと射殺が正当行為ではなく、最善の方法でないと知っていたのである.子供を殺してしまい冷や汗をかき、その後、自信がなくなっただけなのだ. 「殺人ゲーム」に興じている少年でも射殺は三膳の方法だったと知っている.ヤクザ映画でも身内三名が殺されない限り、健さんは「殴りこみをかけない」.もう一度ご覧になればいい.日本人は子供が殺されるのは嫌うし復讐の比率には身内を救おうというだけの地検より清潔で敏感だ. 人質事件は「七人の刑事」のようにいつも一時間で解決する必要はないのである. 「人質が一人危害を受けたら射殺命令、泳げる捜査官を10名潜水具をつけさせボートに接近、到達確認後、41歳の子供射殺男には腕かつ銃器への狙撃を命令(利き腕を狙ってちゃんと当たればその後、銃を発射することはできなかった.テレビ映像で胸から血が噴出したので「腕を狙った誤射」ともいえず、「最初から胸を狙ったので」殺人告発*5が可能になり「警察官職務執行法の正当行為」ですむものを宝刀・刑法正当防衛までついつい持ち出してしまったのだが)」・・・元自衛官でも知っている基本でありいやなら他の解決方法を考えればいい...日ごろ遊んでいて泳ぎと射撃の訓練をしていなかっただけなのである.その後のあわただしい訓練開始を見ればわかることである.
  • 2017/04/09 警官、銀行の中に入りロッカーのうしろから狙う、行員お茶で死角がなくなった 8発のうち3発命中、頭にあたった一発が致命傷 警官殺人罪に問われず

街のうわさ⇒note



*1 警察庁 特殊急襲部隊 (SAT) :生死にかかわる任務なのに妻子もちを入れてみたり、よってたかって元暴力団たった一人より弱く、いともたやすくコロリと射殺されたり、国民にどうしろというの? 組織上警察庁長官支配下のようだが、命令権者の警視総監・本部長・警備部長が現場にいる必要がある(家で寝てるのか見あたらないが電話じゃなんだから現場に出向いて指揮することも大切な仕事ある).指揮官のいない部隊はほっておくといつのまにか有事には烏合化、しまいに敵軍に編入されてしまうことはご存知か.突撃ではなく現場警察指揮下の「警官救出作戦」に銃器を本来救うべき人質のいる方向に向けて参加したり、そのへんをうろうろしているが誰の指揮下にいて何をしにいっているのだろう.
*2 警官だからといって安易に民法未熟者を家庭に差し向けるべきでないたろう.娑婆でも弁護士以外の無資格者がやってもロクなことなことにならないが.
*3 SITが救出で移動、SATが後方支援してるつもり
*4 聡明なシナリオライターならその後の慎重なる県警主導の家宅捜索で見落とし紛失のおそれある心神耗弱証明用の覚醒剤一式セットであるべきだが...
*5 被害者がする場合は告訴・それ以外は告発となるが「連射」により殺人犯を特定できなくして告訴・告発を避けるという論は的を得ない.加害者不詳として地検に告発し彼らに捜査させれば弾道・弾痕でどの銃器かわかるからである.
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