事件を見にゆく / 1959日本人スチュワーデス殺害事件
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日本の未解決事件/1959
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日本の未解決事件

1959

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  1. 【日本人スチュワーデス殺害事件】1959/03/10 東京都杉並区大宮町1659さき 善福寺川宮下橋で、BOAC(英国海外航空)の日本人スチュワーデス武川知子(世田谷区松原町4-384上保方 27歳)<兵庫県芦屋市兵庫県西宮市浜甲子園武川はるさん 次女.両親クリスチャン.幼年に洗礼.同市聖心女学院を卒業後上京、1953新宿区下落合 聖母病院看護養成所(聖母女子短大)卒、神戸市に戻り病院で看護婦.1957再ふたたび上京、中野区鷺宮の乳児院オデリヤホームで保健婦(住込)=ベルメルシュと知り合う>の絞殺死体発見.03/08 15:00「おじさんの誕生日のパーティへ 行く」と下宿を出て行方不明.遺体は仰向け.オーバーとクツ未発見.腕時計:11時50分.死因:絞殺.膣内からO型または非分泌型、パンティの局部附着部分からA型またはAB型の別人の精液反応.重要参考人:スチュワーデスと親密な関係にあった同区にあるドン・ボスコ修道院のベルギー人神父ベルメルシュ(38歳 杉並区八成町90ドン・ボスコ修道院内)<S会布教事業をしている東京都杉並区D社に転属、事件当時は副社長・会計担当>.神父は6月11日、病気療養(ローマ転属)を理由に帰国、1974/03/10時効.未解決.
    1. 死亡推定時刻:05/09 11:50(腕時計)-05/10 05:00(解剖<胃の中から松タケ>) <05/10 05:00(40歳主婦 目撃者あり.グレーの「ルノー」)>
    2. 浅い川の中央部で遺体は仰向け.顔や手、胸部、大腿部が水面から出て浮かんでいた.グリーンのツーピースの下に人絹ブラウス、白の人絹シュミーズ、白のブラジャー、白のコルセット、白メリヤスパンティ、足底の擦り切れたナイロン靴下をはき、コルセットの靴下吊りは靴下に止められていた.
    3. コメット旅客機航路の開始、初めてスチュワーデス採用した日本女性8人のうちの1人.ロンドン本社で現地教育、翌1959(S34)/02/27帰国.2週間後の03/13初搭乗予定.
    4. 平塚八兵衛(1913-1979)担当(5月11日、12日、13日、20日、21日の計5回、延べ30時間の任意聴取).
    5. 1959年(昭和34年)の10月 BOACのスチュワーデスのメリー・王(ワン)が化粧箱を二重にして宝石や金を密輸、800万円以上の利益、翌1960年(昭和35年)3月には、麻薬などの密輸に関係したという理由でBOACの極東空路のスチュワーデスやパーサーら関係者127人が一度にクビ.
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    6. 衆議院会議録情報 第031回国会 法務委員会 第24号
    7. 松本清張:小説「黒い福音」麻薬運び屋で登場

事件を取り巻く経緯(変な日本語)

  • 1959/05/11.05/12.05/13.05/20.05/21(五回) 「参考人としての意見をきく」延べ四十時間...アリバイ調査、同神父の生活、ドン・ボスコ修道院の内部事情から出版社 経営の収支事情...アリバイ調査の証言に 応じたもの:調布サレジオ神学校の神学生約40人をはじめ、100人.
  • 1959/05/22 入院(持病胃弱が悪化、食欲不振、体重10k減)
  • 1960/06/11 19:30 ローマに転属になったという理由で、ベルメルシュ、羽田発のエールフランス機で本国帰国.
  • 1959(S34)/10 BOACスチュワーデス メリー・王(ワン)が化粧箱を二重にして宝石や金を密輸、800万円以上の利益.
  • 1960(S35)/03 麻薬などの密輸に関係したBOAC極東空路スチュワーデスやパーサーら関係者127人一斉解雇.

○おおよそ、あてにすなっ!

  • 35.683479,139.643998,遺体遺棄現場 東京都杉並区大宮町(現:松ノ木1、堀ノ内1、大宮1・2、永福3・4、浜田山3)
  • 35.6673972, -139.6494969,被害者下宿先 世田谷区松原町4-384
  • 35.7259653, 139.6194969,愛人ルイ・ベルメルシュ 神父住まい 東京都杉並区八成町90(現:井草2)ドン・ボスコ修道院内

牧師主張アリバイ

  • 05/08
    • 12:00-14:00 ドン・ボスコ修道院のある下井草教会 で新しい神父を祝う叙品式を追えて昼食
    • 14:00- 祝電を 打つため荻窪電報局へ
    • 15:00 祝賀のため、神父二人と 調布サレジオ神学校へ
  • 15:00-18:30 調布で 祝賀会<日本人スチュワーデス武川知子さん、最後の外出はじまります>
  • 19:00- 同僚神父二人とドン・ボスコ修道院へ帰る.夕食
  • 20:00- 翌9日に新神父に渡す事になっていたバイブル・ ケースを取りに四谷のドン・ボスコ出版社へ(他の神父が二人同行)
  • 21:00- 修道院に帰り、雑談
  • 22:00 就寝
  • 05/09
  • 05:00 起床
  • 06:30 8日に続く 祝典のため調布の神学校へ(同僚神父ら二人と)調布のノートルダム修道院へ行きミサ. 朝食
  • 08:30 神学校へ帰る
  • 10:00-11:30 荘厳ミサ
  • 12:00-14:30 昼食
  • 15:30 調布電報局へ他の神父一人と行き、同僚の神父 就任の祝電
  • 15:30- 神学校で観劇 「偶像の最後」を見る.劇が終ってから、雨のため近所に住む 子供連れのロシア婦人を車で送る<---死亡推定時刻入ります--->
  • 18:30 再び神学校へ 帰り、聖体幸福式の司会.夕食
  • 20:00- 他の神父二人と修道院へ帰る
  • 20:45- 新宿西落合のガソリン・スタンドで給油<一応、ウラとれてる>
  • 21:00 修道院へ帰り雑談ののち就寝<神父の寝室隣に不眠症の老修道士が寝ているので、 もし夜中に神父が起き出せばすぐ目をさます...観劇中の同神父の姿を みなかったものがいる、と本部ではいうが、神父は一番前に 同僚の神父と共にすわっていたので目撃者が少なかったのだろう(修道院曰く)...>
  • 05/10
    • 05:00 起床<---死亡推定時刻終わります--->
  • 06:30 ミサ
  • 06:30 他の神父一人と友愛会修道院へ

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  • 日本人スチュワーデス殺害事件・・・松本清張さんなんかトラック一台分の資料で書いてるはずだから「事件を見にゆく」気もおこらない。組織犯罪の構成をとりたいが・・・あぶない・・・それでいいのか、それでいいのだ。
    1. 被疑者 密入国
私はこう推理する 推理作家 松本清張氏<1959/03/17>
犯人は外人
愛欲のもつれから
殺されたスチュワーデスは親せきに行くといって家を出たのだが、 はじめから行くつもりがなかったとは思えない。 
おそらく親せきに行く途中で顔みしりの男に会うとか、または ふっと気が変わって男友達の一人を訪ねる気になったのではないか。 
ところが男の方はなかなか彼女を離さずあちこち引張りまわしたの だろう。
ともかく犯行のもようからみて犯人は自家用車を持っている。 経済的にもゆたかな男ではなかろうか。 
男友達はたくさんあったというが、どうもスチュワーデスになって からの友達が犯人ではないかと思える。
そして彼女の職業がら日本人ではなく、外人ではないかとも考えられる。 外人も中華料理を食べるし、
また外人ならこっそり彼女を連れて泊まる ことのできる知人宅などもたくさんあるわけだ。 いずれにしろ犯行の動機は愛欲のもつれだろう。
  • 4億円同様、ハチベイが容疑者をとり逃がした事件で、「またかハチベイ、うっかりハチベイ」といいたい・・・そんなに牧師に拘るなら、海外逃亡、時効停止、さらに2010/04時効廃止でつかまえにかの国にいけばいい・・・どうしていかないのか<ハチベイ、五回も長時間事情聴取して血液型まで調べてんだから「逮捕状」くらいはとってるだろ>
  • 2010/09/05 休憩、メシと風呂...仲居さんが23:00から風呂掃除だというから・・・アリバイがなくなる・・・「仲居さーん、マツタケの土瓶蒸し、一緒に食いに行きませんかーーー」

外地事件

  • ディアトロフ峠事件 1959年2月2日の夜、当時のソ連領ウラル山脈北部でスノートレッキングをしていた男女9人が不可解な死


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