北朝鮮 拉致拉致 / 田口八重子
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田口八重子

■池袋北口はすえたにおいがする。国鉄くぐり便所ののぼりの二階喫茶店は「業界の人」とあうにはたしかに都合がいいが、肩すれあう動作にはご注意。もっとも奥のマンションの顔なんかにおごらすものにはそんな心配はないが・・・田口さんもここで業務連絡をしていたようだ・・・おだやかに慎み深くテーブルに腰をおろし事件を推量・・・

■こっちの方にある大学にはエンがないが、「本屋」とビデオ屋と映画館・・・には多少の用があり目をつむっていても歩ける北口であった。。。

■まだ北口にキャバクラがなくまだ週刊宝石があった頃、巻末ご紹介の店を訪問。東口の500人いるキャバ...調査済みのキャバ嬢を閉店5分前にわざとらしく指名...連日指名トップ争い、No.01〜No.10まですべてリーチされておる...強制同伴・強制アフター...前夜、欲望を満たし、夕刻ホテルから同伴せし常連常連...店では閉店まで高イビキの心優しさ...お疲れのキャバ嬢さま、憩いのオアシスがやってまいりました。

■サンシャインの見えるアパート送りを回避して、ビックリガードのホテルもパスして...とりあえず北口で美味いシナソバご馳走...子供がいるということなので(宮崎あたりまで行く時間なし、田口サンも万景峰号に堂々とまぎれんだ北朝鮮ツアーだったと踏んでいるンデ)...近場のニイガタでも覗きにいこうとしたのが推理誤りウンのつきというものだ。

■ウチの車は女の子が好きなので午前2時にブクロを発てば4時にはニイガタの埠頭に到着できる。託児所は(ホステスが子供を忘れて男と遊び回っても)3日まつというが、子供が生きている間に戻る...つもり。

■例により余談だが、この細身のお譲さん、ランボーを一緒に見たことがあるが「どちらがいい人なのかわからなかった」と感想...正義の味方スタローンが悪人相手にドタバタをやる勧善懲悪のわかりやすい映画だと認識していたが、ベトナム帰りの主人公がまさに善人とは見えなかったわけだ。。。そういう評価に納得するほどこつらも気が狂っていた時代であった。

  • 新潟市海岸 - 新潟拉致説に従う<横田めぐみさん乗船現場か>
  • 万景峰号停船位置.新潟市西港 - 国交のない国の船が港の入口を占有.国民の反発を買う県政
  • 万景峰号停船位置.佐渡市両津湾内 - シケ名目.先の内海府あたりに不審船情報多かった
  • 佐渡・相川 - 田口さん祖母実家
  • 佐渡・小木宿根木 - 不審船上陸多し
  • 大沢孝司(当時27歳)<特定失踪者>勤務先県佐渡農地事務所 - 猟銃を持つなどぶっそうな男.焼肉屋通い.ヘンな役人.国は拉致とは認めていない
  • 佐渡金北山自衛隊レーダーサイト - 潜水艦金属反応
  • チョンジン清津 - 北朝鮮上陸地点
  • 豊島区池袋3丁目か - 田口八重子さん3階建マンション
  • 宮崎市青島海岸 - 田口八重子さん拉致現場.「何日も船に乗り船酔いして痩せた(金賢姫証言が補強)」<通説>
  • 宮崎青島海岸拉致現場説をとっていない点 ご注意<新潟拉致説は奇説だが残す「(船)何日もご飯を食べずガードルが大きくなるくらい痩せて...」金大中拉致コース(警報弾発射)コースに近いのか.愛人との九州旅行だと子供を放置する期間が長くなりすぎるということ>
  • 金大中事件:1973年08月08日 日本国主権侵犯事件.韓国政治家、のちの大統領 金大中が韓国中央情報部(KCIA)により東京都千代田区のホテルグランドパレス2212号室から拉致.ソウルで軟禁状態.5日後ソウル市内の自宅前で発見された事件.アメリカの通報を受けた自衛隊が拉致船追跡、照明弾投下威嚇.拉致犯は殺害を断念し釜山まで連行.ソウルで解放.金大中(日本のマスコミインタビュー)甲板に連れ出され、海に投下されることを覚悟したときに、自衛隊機が照明弾を投下...
  • 1998/12/18 新潟県平山知事 白昼襲撃され頬を切られる<政策抗議>
 
北朝鮮拉致者
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田口八重子TaguchiYaeloRachi1955/08/1063川口市R
 
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○田口八重子(たぐちやえこ)さん

  • 1955年08月10日生(現在63歳)
  • 東京都豊島区
  • 行方不明当時 飲食店<水商売のこと>店員(22歳)
    ttp://trycomp.oc.to/jokyo/03.html
  • 埼玉県行田市立川口高校中退
  • 夫と別れ、1歳の耕一郎と2歳半の長女を連れて東京・池袋のアパート<3階建て2F.3丁目>に引越.
    • 奈良好子さん:1975年から1977年8月(2年間)同じアパートで暮らしていた 「耕ちゃん(=耕一郎さん)は泣かない子で、泣き方も『うわ~ん・・・』って小さい声で。『そんなにおとなしい泣き方?』と聞くと、(田口さんは)『そうだよ、耕ちゃんはおなかがすいたとき、このくらい泣くだけ』と」 「私たちは先にアパートを出た。(田口さんは)『いいなぁ、奈良さんは出ていけるところがあるけど、残された私はどうすりゃいいの?』と寂しそうに言った」(奈良好子さん.TBS 2009/03/10)
  • 1978(昭和53)年6月 東京高田馬場のベビーホテルに3歳と1歳の幼児を預けたまま拉致<ハリウッド契約.数日アフターの子供ほったらかしに対応>
  • 池袋「ハリウッド」勤務、源氏名「千登瀬(ちとせ)」指名客に「宮本明」と名乗る北工作員
  • ベビーホテルから「迎えにこない」との連絡が店に.店からの電話を受けた八重子さんの長兄、飯塚繁雄が2人の子を連れて帰った.ハリウッドに数十万の借金.家族が返済
  • 当時店次長だった山田光明さん(56):「年齢の割に大人っぽい雰囲気で、すらっとした美人.『ばかじゃない』が口癖.
  • 叔母の本間敏子さん佐渡相川町(旧)在住、母親、調理師?(水商売か)として上京して田口八重子生まれる.
  • 1981(昭和56)年7月から1983(58年)3月まで大韓航空機爆破事件の犯人金賢姫の日本人化教育係
    • 東京の飲食店店員(池袋ハリウッド) (←キャバレー「杯一」移籍説)
    • この店に通っていた在日朝鮮人と懇意にしていた
    • 田口八重子さん友人証言「思い出がある新潟に行く」(池袋北口前二階喫茶店)佐渡を指す.新潟拉致説
  • 「地村富貴恵さんが話した中で一番大きかったのは、『オッカ』(=オクファ)という女性に日本語を教えていた、と。『玉花』と書いて『オッカ』(=オクファ)。それはキム・ヒョンヒ元死刑囚の別名だった」(飯塚繁雄さん)
  • 1986 韓国人と結婚.女子(推定年齢31歳)出産<2009/03/11金賢姫証言1987海外出張(マカオ)から戻り聞く.「韓国人」は彼女以外の情報.当時拉致者を結婚させる方針>.
  • 1990 むかご事件 つぶさる
  • 北朝鮮が呈示した個別情報
    http://trycomp.oc.to/jokyo/03.html
    本籍:埼玉県川口市
    出生地:埼玉県
    住所:東京都豊島区
    日本在住時の職業:飲食店勤務
    入国経緯:工作員が身分盗用に利用する対象者を物色中、1978年6月29日宮崎県
    宮崎市青島海岸で本人が共和国に3日程度なら観光がてら行きたいという意向を示した
    ことから、特殊工作員が身分を偽装するのに利用するため連れてきた。辛光洙は関係が
    ない。
    入国後:1978年6月から1984年10月まで招待所で朝鮮語の習得、現実研究お
    よび現実体験をした。1984年10月19日、原敕晁さんと結婚。1986年まで家
    庭生活。
    死亡経緯:夫の死亡(1986年7月19日)後、精神的衝撃を受けていたが、数日し
    て安定して帰宅する途中、1986年7月30日、ファンヘ(黄海)北道リンサン(麟
    山)郡のマシク嶺峠で乗用車とトラックの衝突事故で死亡。この事故で、同人及び 運
    転手を含む3名が乗用車で死亡、トラックの2人は重傷を負った。
    遺骸:ファンヘ(黄海)北道リンサン(麟山)郡に墓があったが、1995年7月の豪
    雨でサンウォルリ(上月里)の貯水池ダムの堤防が壊れ、墓が流された。
    遺品:なし
    原敕晁さんと結婚するも、子供なし。原さんもリンサン(麟山)郡で病気で死亡。
    事故での死亡者と生存者に関する書類が存在するが、今後、法的仕組みが出来た時点で
    証言と文書を提供することができる。
  • 朝鮮名は「コ・ヘオク」
  • 1978年6月から1984年10月まで招待所で朝鮮語を勉強
  • 1984年10月19日、原敕晁さんと結婚。その後は主婦
    • 1986/07- 韓国人(韓国から拉致→工作員か)と結婚<2009/02/11付記>
  • 原さんの死から数日後の1986年7月30日、帰宅する途中ファンヘ(黄海)北道リンサン(麟山)郡のマシク嶺峠で乗用車とトラックの衝突事故で死亡したと伝えられる。
  • 田口さんの墓は、リンサン(麟山)郡サンウォルリ(上月里)共同墓地にあったが、1995年7月の貯水ダム崩壊により流失したと伝えられる。
  • 原敕晁さんとの間に子供はなく、遺品もないと伝えられた。
  • 北朝鮮への入国経緯は、「1978年6月29日宮崎市青島海岸で工作員が接触した際に『3日程度なら観光がてら北朝鮮に行ってみたい』という意向を示したことから、特殊工作員が身分を偽装するのに利用するために連れてきた」と北朝鮮発表。
  • 母親の実家 佐渡市相川 高校時代に訪ねている(日本海への旅行に違和感をもっていない.佐渡沖停泊艦船に乗りこんだという説あり)
  • 拉致当日、佐渡沖で潜水艦と思われるレーダー金属反応*1(ワンピース姿なので万景峰号乗客に紛れ込んだという説あり)

拉致経緯

  • 昭和53(1978)年6月に東京高田馬場のベビーホテルに3歳と1歳の幼児を預けたまま拉致された。朝鮮語や政治の教育を受けた後、昭和56(1981)年7月から58(1983)年3月まで大韓航空機爆破事件の犯人金賢姫の日本人化教育係を勤める。北朝鮮では「李恩恵」と呼ばれた。
  • 新潟県佐渡 相川に母親の実家 高校時代に訪問している.

北朝鮮が呈示した個別情報

  • (注)なお、李恩恵事件につき、北朝鮮側は、調査の結果、李恩恵なる日本人女性はいない旨発言。
    朝鮮名:コ・ヘオク 女
    1955年8月10日生 当時23〜24歳
    本籍:埼玉県川口市
    出生地:埼玉県
    住所:東京都豊島区
    日本在住時の職業:飲食店勤務
  • 入国経緯:工作員が身分盗用に利用する対象者を物色中、1978年6月29日宮崎県宮崎市青島海岸で本人が共和国に3日程度なら観光がてら行きたいという意向を示したことから、特殊工作員が身分を偽装するのに利用するため連れてきた。辛光洙は関係がない。
  • 入国後:1978年6月から1984年10月まで招待所で朝鮮語の習得、現実研究および現実体験をした。1984年10月19日、原敕晁さんと結婚。1986年まで家庭生活。
  • 死亡経緯:夫の死亡(1986年7月19日)後、精神的衝撃を受けていたが、数日して安定して帰宅する途中、1986年7月30日、ファンヘ(黄海)北道リンサン(麟山)郡のマシク嶺峠で乗用車とトラックの衝突事故で死亡。この事故で、同人及び運転手を含む3名が乗用車で死亡、トラックの2人は重傷を負った。
  • 遺骸:ファンヘ(黄海)北道リンサン(麟山)郡に墓があったが、1995年7月の豪雨でサンウォルリ(上月里)の貯水池ダムの堤防が壊れ、墓が流された。
  • 遺品:なし
  • 原敕晁さんと結婚するも、子供なし。原さんもリンサン(麟山)郡で病気で死亡。 事故での死亡者と生存者に関する書類が存在するが、今後、法的仕組みが出来た時点で証言と文書を提供することができる。

その後の情報

  • むかご事件 「零余子 (ムカゴ)」 「この事件は公安部内で『零余子(むかご)事件』と呼ばれているのですが、摘発直前に なって上層部から圧力ががかり、断念せ ... した辛光沫容疑者に十数人の協力者がいた ことも、また、田口八重子さんのケースも協力者がいたことが明らかになっている。 ...
    • 2004/02/16 総連関与なしに拉致はできない 北の補助工作員が初めて証言 田口さん事件と接点? 李工作員と支援の大物商工人を結ぶ 北のスパイ」。警察幹部がそう断言する男がいる。田口八重子さん=当時(二二)=拉致に 関与した北朝鮮の李京雨(リギョンウ)工作員らを国内で支援していた補助工作員とみて、 警視庁公安部が十数年前、内偵捜査を進めていた人物だ。その男が初めて取材に応じ、 「拉致は総連(在日本朝鮮人総連合会)の人間の関与なしにはできない」と、ようやく重い 口を開いた。 自民党の故金丸信氏は平成二年の訪朝前、総連中央本部を家宅捜索する方針を固めて いた公安部の内偵事件を「圧力」でつぶしたとされる。その事件のコードネームは「零余子 (ムカゴ)」と呼ばれた。オニユリなどの葉の付け根にできる球状の芽のことで、捜査対象がこの男だった。 容疑は外国人登録の申請内容に虚偽があったとする外国人登録法違反などだが、公安部の狙いは別にあった。 公安部は昭和五十四年以降、工作員支援網の中心人物として総連系商社を経営していた大物商工人をマーク、その人脈解明を「やまぶき作業」と命名して続けていた。 「男と李工作員に面識があるとの情報が寄せられた。自宅には不審なアンテナもあった。大物商工人とも親しく、李工作員と大物商工人を結ぶ人物として一躍クローズアップされた」と、公安部OBは振り返る。 産経新聞ttp://www.sankei.co.jp/news/morning/16na1001.htm
金賢姫03.jpg
  • リ・ウネなる人物が証拠隠滅のため地下室で殺害されたという報道が過去にあった.
  • 2004/06/07 東京都内の飲食店に勤務していた1978年6月、子供2人をベビーホテルに預けたまま、22歳で失跡。87年の大韓航空機爆破事件で警察庁は91年、田口さんが実行犯の元北朝鮮工作員に日本語を教えた「李恩恵(リ・ウネ)」だったと断定した。78年7月に北朝鮮に拉致された地村富貴恵(ちむら・ふきえ)さん(48)は帰国後、78年9月から約1年2カ月間、田口さんと一緒に北朝鮮の招待所で生活したと説明。北朝鮮は「田口さんは86年に交通事故で死亡した。李恩恵という日本人女性は存在しない」と発表した。
  • 2004/11 平壌・日朝実務者協議にて田口ゆかりと横田めぐみが一緒に住んでいたことがあると報告
    • 期間:1981年から1984年まで(金元死刑囚が「李恩恵」と同居して教育を受けたとされる期間と重ねる)
  • 2004/12/08 拉致被害者の田口八重子さん=拉致当時(22)=について、北朝鮮側が「死亡した」と説明した年1986/7月以降も目撃情報があることが12/8日、分かった。拉致被害者の地村富貴恵さん(49)が帰国後、周囲に証言していた。
  • 北朝鮮側は田口さんは「86年7月30日、黄海北道の峠で交通事故で死亡」としているが、関係者によると、地村さんは「田口さんの運転手だった男性から、死亡したとされる時期の3カ月後に平壌のデパートでみかけたと聞いた」と証言。デパートは平壌市大同江区域にある大星外貨百貨店とみられる。
    • ?地村富貴恵さんから直に私が小浜で聞いた話ですね。 田口八重子さんと別れて、具体的には86年の7月20日に別れたんですけども。 その後数ヵ月後、まぁ約3ヵ月後と言っておりますけども。 「田口八重子をよく知っている運転手が、『田口八重子をデパートで見た』という話を聞いた」と言う、話ですね。(増元るみ子さんを救うぞ!東京集会(7)04.12.9 友愛会館にて『飯塚繁雄さんのお話』)
  • 関係者によると、富貴恵さんは子供が帰国した今年5月以降、田口さんの兄飯塚繁雄さん(66)や政府関係者に対して証言している。富貴恵さんが78年7月に拉致された直後から招待所で一時同居していた田口さんから聞いた「オッカという工作員に日本語を教えている」との内容だ。  富貴恵さんは「オッカ」という発音しか知らないとされる。これに対して、87年11月に起きた大韓航空機爆破事件の実行役の金元死刑囚は、韓国側の調べで、工作員として指導員から教育を受け始めた時に、今後は「金玉花(キムオッカ)」との偽名を使うよう指示された。金元死刑囚は「金玉花」の名前で、旅券を作成したことも分かっている。(2004/12/09)
  • 金元死刑囚も韓国当局の調べに、田口さんと平壌の外貨百貨店で買い物をしたと供述している。また「北」は、田口さんは拉致被害者の原敕晁(ただあき)さん=同(43)=と「八四年十月に結婚」としているが、地村さんは「八六年七月の時点で独身だった」とも証言したという。地村さんは拉致された直後の78年9月から約1年間、田口さんと同じ招待所で一緒に生活していた。地村さんの証言内容は田口さんの家族にも伝えられている。
  • 『いま、女として』金賢姫著 文藝春秋*
  • 【金賢姫証言】 81.7〜83.3まで田口八重子と暮らした
    【北朝鮮軍部、2004/11 日朝実務者会談にて】 81〜84まで田口八重子は横田めぐみと暮らしていた.
    目的:金賢姫と接点のあった田口八重子(リ・ウネ)の抹殺
  • 「李恩恵」がすでに処刑されてしまっている…という記事(『文芸春秋』1997年12月号)
  • 地村富貴恵さん、田口さんに関し証言
    TBS - 2004年12月9日 拉致被害者の救う会・家族会は「田口八重子さんが日本語を教えていた女性は、大韓航空機事件の実行犯の金賢姫元死刑囚である」との地村富貴恵さんの証言を明らかにしました。
  • 2005/01/24 拉致被害者の田口八重子さん=失跡当時(22)=が、北朝鮮で一時同居していた拉致被害者地村富貴恵さん(49)に「工作員になってでも日本に帰りたい」と話していたことが24日、分かった。田口さんは80年代半ば、日本語を教えていた北朝鮮工作員に対し、自分が工作員になれる可能性について尋ねたところ、「絶対に無理だ」と言われたなどと話したという。地村さんが田口さんの兄飯塚繁雄さん(66)に証言した。
  • 2005/01/25 拉致被害者の田口八重子さん=失跡当時(22)=が北朝鮮の工作員に「日本に子供がいるから帰してほしい」、「おなかの(妊娠・出産でできる)妊娠線を見せて帰してくれと嘆願したが、帰してくれない」と訴えていたことが25日、分かった。北朝鮮で一時同居していた拉致被害者地村富貴恵さん(49)が昨年6月、田口さんの兄飯塚繁雄さん(66)に証言した。
  • 繁雄さんは耕一郎さん(当時1歳)を引き取り、養子縁組し、自らの子供として育て る。なお、耕一郎さんの姉(当時2歳半)は繁雄さんの妹さんが引き取る。
    • 初めて真実を明かされた耕一郎さんは「何よりも一番驚いたのは、そのことを、この年になるまで全然気づかせなかったこと」と語る。飯塚さんにはすでに子供が3人いた。 「お父さんの妹の子供だから、仲良くしてやってね。大きくなるまで絶対内緒だよ」と 子供たちと約束する。
    • http://bbs.trycomp.com/report/021.html
  • 2006/04/04 北朝鮮による拉致被害者の田口八重子さんとその家族を題材にした漫画が、4日発行の「漫画アクション」(双葉社)から連載(全6回)==長女、描けるのか
  • 2007/11 家族会代表 兄飯塚繁雄さん(69)
  • 2009/02/11 金賢姫元死刑囚と田口さん家族の面会実現へ 韓国外相.11日午前にソウルで開かれた日韓外相会談後の記者会見で、北朝鮮の工作員だった金賢姫元死刑囚と、拉致被害者である田口八重子さんの家族との面会について「遅からず実現すると承知している」と述べ、時期などを調整していると明らかにした。
  • 2009/02/11 韓国人男性と結婚
    • 日本人拉致被害者の田口八重子さんについて、2002年10月に北朝鮮から帰国した拉致被害者5人のうちの1人が日本政府に対し、田口さんが北朝鮮で韓国人とみられる男性と結婚したとの情報を伝えていたことが、政府関係者の話でわかった。 政府関係者によると、帰国した拉致被害者の1人<帰国した地村富貴恵さん(53)毎日は明記:地村富貴恵さんは田口さんと一時同居し、地村保志さん(53)と一緒に生活するため別の場所に移った後、田口さんを知る現地の運転手から「韓国人の男性と結婚した」と聞かされたという>は、北朝鮮側が田口さんが死亡したと説明している1986年7月の数か月後、平壌市の「楽園商店」で買い物をしている間、自分の運転手が田口さんと会ったと証言した。この時、運転手は田口さんと面識があったため話しかけたところ、田口さんから「私は義挙者(ウィゴジャ)と結婚している」という話を聞いたという。義挙者とは、北朝鮮の工作機関内で当時、韓国人拉致被害者などのことを意味している言葉だった。ただ、結婚相手がどんな人か、田口さんはそれ以上は話さなかったという。 別の拉致被害者も、田口さんについて「敵工部と呼ばれる機関にいた」との情報を聞いたと証言。敵工部は対韓国工作などを行っていた朝鮮人民軍傘下の部署で、韓国人拉致被害者も所属していたという。
  • 2009/02/26 週刊新潮「二人の女 大韓航空機爆破事件」5P*
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  • 2009/04/09 週刊新潮 「田口八重子 拉致実行犯は死んでいた」 1985/02宮本明(李京雨)肝臓がん・足立区病院入院→出国→北朝鮮で死亡
  • 2010/07/21(水) 金元死刑囚、来日前「日本で旅行したい」 20日に来日し、長野・軽井沢町の鳩山由紀夫前首相の別荘に滞在している 大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫元死刑囚は、来日する前、「もう二度と 海外旅行はできないので、日本で旅行したい」と話していたという。 また、20日に金元死刑囚と面会した拉致被害者・田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さんと 長男・飯塚耕一郎さんが会見し、「1年4か月ぶりの再会を互いに喜んだ」と話した。 軽井沢町内の山荘に宿泊した飯塚さんらは21日、昼食にバーベキューを一緒に楽しむ ということで、その際、金元死刑囚の手料理もふるまわれるという。 21日夜には、拉致被害者・横田めぐみさんの両親も面会に訪れる予定。 ttp://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn/20100721/20100721-00000026-nnn-soci.html
  • 2010/07/21[韓国の北朝鮮拉致被害者家族団体「拉北者家族会」]崔成龍(チェソンヨン))代表、田口さんは韓国人拉致被害者リ・ジョンゴンと結婚、平壌の万景台区域にある集合住宅に住んでいるとの情報を北朝鮮関係者から最近聞いたと明らかにした.<07/22 中井洽拉致問題担当相]「(田口八重子さん)が6、7年前まで元気でいたとの情報に接している.崔代表の情報とは別だとしているW」...中井、日本政府単体暴露なら、拉致者には命の危険があるから事前にキチンとお伝えして親族の公開許可書を提示してから会見しろよ>
  • ネトウヨあたりがVIP待遇、税金で1億つかった、報酬は3000満円とわめいているが、青白くなって金賢姫ニュースを逐次チェック・本国送信してるチョンと同じ脳か。それが「カミソリ外交」というもんだ。
  • 2011/01/20(木) 北朝鮮による拉致被害者の田口八重子さん(55)が昨年秋に平壌で生存していたとの情報を、政府が昨年末、韓国で拉致問題に取り組む関係者から入手していたことが19日、わかった。 警察庁で情報の分析を進めている。 政府の拉致問題担当者が昨年12月、韓国を訪問。関係者は、田口さんが平壌市万景台(マンギョンデ)区域 にある集合住宅に居住し、昨年の秋頃に韓国人の拉致被害者の男性2人と一緒にいる姿が目撃された、との 情報を提供したという。 田口さんに関しては、昨年8月、衆院拉致問題特別委員会で中井洽・拉致問題担当相(当時)が 「2003年まで元気で平壌に住んでいたとの情報がある」と発言していた。 (2011年1月19日22時16分 読売新聞) ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110119-OYT1T00958.htm?from=y10
note?

*1 佐渡金北山航空自衛隊基地あり
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